苦笑いをして隆嗣が煙草へ手を伸ばすと、ジェイスンがからかいの声を上げた。

「まだ煙草なんか吸ってるのか? 身体に悪いぞ」

 そう言っておきながら、ジェイスンもカウンターの上にある隆嗣のマルボロの箱を取り上げると、1本抜いて火を点けた。

「ああ、中国でもやかましくなって、吸える場所が減ってきたがね。それでも、まだ日本よりはましさ。だから上海に居座っているんだ」

「馬鹿言うなよ。お前が上海に残っているのは、彼女のことを忘れられないからだろう?」

 親友らしく、誰もが触れたがらないタブーにずばりと切り込んでくる。

 セピア色の光景が目に浮かんだ。夕暮れ時の華盛大学キャンパス、芝生の上に座って議論を交わす青臭い学生たち。その手には温いビール瓶が握られていた。

(共産主義の限界は目に見えているじゃないか。この国の改革開放も、ソ連のペレストロイカも、それを認めているからだろう? 遅れた社会を発展させるには、西側の資本を導入するしかないのさ)ジェイスンがわざと刺激する。

 すると李傑が(民主化と資本主義化を混同してもらっては困る)と顔を赤らめながら反論し、(この国には、この国なりの進み方があると思うんです)と祝平が沈着な面持ちで呟く。

 隆嗣は脇に座る立芳の横顔を盗み見た。その瞳が、真理を求めて煌いている。(どれが正しい、どれが間違っているなんて、決め込んでしまう必要はないと思うけどね)彼女が口を開く前に、隆嗣が声を上げた。

 それにはジェイスンが(おいおい、中国人に染まってしまったのかい? ロン。日米同盟に亀裂をいれないでくれよ)と苦笑いで応じ、(それとも、立芳に染まってしまったと言うほうが正しいのかな?)と混ぜっ返して周囲の笑いを誘った。

 立芳が含羞みながらジェイスンを小突くと、笑い声は更に大きくなった。歯に衣を着せぬジェイスンだが、それを上手くジョークに置き換えることが出来るのはアメリカ人ならではと言えるのだろうか。立芳に過激な発言をさせないためにと、隆嗣は彼女の心を先読みして積極的に意見していたが、それを承知しているジェイスンの友情がありがたかった。