「無知」を告白する

 スプリントウィークの月曜日の朝、ブルーボトルのチームはサンフランシスコのGV本社会議室に集まった。僕らは顧客がオンラインストアでコーヒーを購入するときの流れを、ホワイトボードに図で示した。

 チームがターゲットに選んだ顧客は、初めてブルーボトルのコーヒー豆を購入する「新規顧客」だ。

 ジェームズがスプリントのターゲットをそう決めた理由は、それがとても手ごわい課題だからだ。ブルーボトルのカフェを訪れてコーヒーを味わったことはおろか、ブルーボトルの名さえ聞いたことのない人たちにも信頼され、すばらしい体験を提供するサイトを構築できれば、どんなタイプの顧客にも喜んでもらえるはずだ。

 だが僕らはしょっぱなから大きな問題にぶつかった。

 コーヒーをどうやって分類すべきだろう? 購入者は、ほとんど見分けのつかない袋に入った十数種類のコーヒー豆のなかから選ぶことになる。それにカフェとはちがって、そこには選ぶのを手伝ってくれるバリスタもいない。

 最初、答えは考えるまでもないように思われた。小さなコーヒー焙煎店からスターバックスのような巨大企業に至るまで、コーヒーの小売業者はたいてい産地別にコーヒー豆を分類している。アフリカ、ラテンアメリカ、太平洋地域。ホンジュラスのコーヒーとエチオピアのコーヒー。ブルーボトルにとっても、この方法で豆を分類するのが当然だろう。

「じつは、白状することがあるんだ」ブレイデンの言葉に全員がふり向いた。「僕はコーヒーに目がなくてね。家にはスケールから何から全部そろえてる」

 デジタルスケールは本物のコーヒー愛好家の証だ。スケールをもっているということは、つまりブレイデンはコーヒーの淹れ方にこだわり、水とコーヒー豆の重さを量って比率をいろいろ変え、好みの味になるよう試行錯誤を重ねているということだ。まさに科学の世界だ。デジタルコーヒースケールを使えば、0.1グラム単位まで正確に測れる。

 ブレイデンはニコッと笑って、お手上げのポーズをした。「でも、地域っていわれてもピンと来ないんだよな」。部屋中がシーンとした。僕らはジェームズの顔をまともに見られなかった。ブレイデンの正直な告白は異端に思われたかもしれない。

「いいんだよ」とジェームズがいった。

 すると堰を切ったように告白大会が始まった。ジョンとジェイクはコーヒーの産地によるちがいを知らなかったし、ダニエル・ブルカもそうだった。僕らはいつも一緒にコーヒーを飲んでいたのに、これまで誰ひとりとして無知を暴露したことはなかった。

 そのとき、ブルーボトルのカスタマーサービス責任者セラ・ジアルッソが、指をパチンと鳴らしていった。

「カフェではどうしてるの?」

 なんといってもカフェのバリスタは「ブレイデン的状況」に始終遭遇しているはずだ。つまりコーヒー豆を買いに来た顧客が、何を買っていいかわからずに悩むというシチュエーションだ。

 ジェームズはいつもゆっくりと、言葉を選んで話をする。彼はちょっと考えてから「コーヒーは淹れ方がとても大切なんだ」といった。「だからバリスタには、お客さんに簡単な質問をするよう教えている。家ではコーヒーをどうやって淹れていますか、と」。ジェームズによると、バリスタはケメックス、フレンチプレス、コーヒーメーカーなど、顧客が何を使っているかを聞いて、それに合う豆を勧めているのだという。

「家ではコーヒーをどうやって淹れていますか、か」ブレイデンがくり返した。全員がメモをとった。

 こうしてジェームズは、オンラインストアはカフェでのもてなしの基準にかなうものにすべきだというビジョンを打ち出し、スプリントを始動させたのだ。僕らは問題の核心にふれたような気がした。

ジェイク・ナップ他著、櫻井祐子訳『SPRINT 最速仕事術』(ダイヤモンド社刊)の第1章より。続く)