世界一標高が高いギャラリーをもつアーティスト

 私の中に隠れていた弱さが、私の夢を邪魔しようとしていました。これは自分でも予想していなかった障害物でした。

 不安や弱さと戦い、負けてしまいそうで泣いていた時、私は1人のアーティストに出会ったのです。

 ミゲル・ドーラさん。彼のギャラリーはアコンカグアのベースキャンプにあり、「世界一標高が高いギャラリー」としてギネスに認定されています。富士山よりも高いそこには、ピカソを思わせる色彩豊かな作品が並んでいます。

 ミゲルさんは画家であると同時に、何度もアコンカグア登頂を果たしているクライマーでもありました。

 私はプロの登山家になるつもりはありませんが、多くの登山家から影響を受けています。その中でも強い影響を受けたのがミゲルさんです。

 彼の作品は、混乱して震えていた私の心に、まっすぐ訴えてくるパワーをもっていました。美しいばかりではなく、そこから物語が浮かんでくる絵なのです。

 それはたぶん、彼は見たものを見たとおりに描くのではなくて、自分の印象を込めて表現しているからでしょう。たとえば彼が描く木は、ある作品では空に向かってまっすぐに夢を見ていますし、ある作品では風に枝を折られて心も折れています。

 ミゲルさんは、さまざまな話をしてくれました。話が尽きなくて、テントの外に寝袋を引っ張り出し、数え切れないほどの星を眺めながら一緒に話し込みました。

 父よりも年上の方ですが心はとても若々しく、夜更けまでしゃべり続けたこともあるほどでした。

 星空の下でチベットの遊牧民族やネイティブアメリカンの音楽を聞きながら、彼といろいろなことの意味について話し合いました。

 「なぜ人は山を登るのだろう?」
 「人間が生きていくのに本当に必要なものはなんだろう?」

 ゆったりした音楽に身をゆだねて、ごつごつした大地の感触を寝袋ごしに感じながらミゲルさんと星を見ていると、哲学者と話しているようでもあり、指導者に人生のガイドをされているようでもありました。

 だからといってミゲルさんは、何かの答えをくれたわけではありません。
 私の心の中のもやもやをちょっとずつほどき、パズルを解くヒントをくれた、そんな感じです。私自身が自分の心の奥深くを見つめ、思いを整理できるよう、うながしてくれたのだと思います。

 ミゲルさんによって、私は「山に登る」という決意を確認することができました。
 そして山を登るために必要な強さをもたなくてはならないと感じたのです。

 自分の弱さに負けない強さを。

 ミゲルさんは黒いキャンバスに明るいクレヨンで私の絵を描き、こんなふうに説明してくれました。

 「マリンは情熱で燃えていて、たくさんの愛がある。でも、いろいろな出来事で心にひびが入ってしまって、ちょっと冷たくなっているんだ。だからこの絵の片側には涙の雨が降り注いでいる。でも、マリンの情熱も愛も消えていないよ。奥深くには決断できる強さがあるし、雨の向こう側に見守ってくれる人の温かさと、マリンの希望が、太陽の光になって広がっている」

 私にとっての世界七大陸最高峰の第一の山、アコンカグア登頂に成功したのは、2015年1月3日のことでした。

 あの時の絵は、今でもアコンカグアのギャラリーに飾ってもらっているはずです。パソコンに保存してある画像を見ると、今の私は絵の中の18歳の私とあまり変わっていないけれど、涙の雨はほとんど消えている気がします。