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社債投資のケーススタディ 〜『入門 社債のすべて』応用編〜
【第4回】 2017年4月14日
著者・コラム紹介バックナンバー
土屋 剛俊

ヘッジファンド軍団VS発行体の熾烈な戦い:
東芝の元子会社コバレントマテリアル

本連載では、『入門 社債のすべて』より、具体的なケーススタディを挙げながら、社債投資で注意すべき視点を紹介していきます。4回目はコバレントマテリアルです。買い時が難しい案件であり、ヘッジファンド軍団と発行体の熾烈な争いが展開され、社債権者集会でも債権者の胆力が問われました。

 コバレントマテリアルの社債は、日本のクレジット市場においては極めて珍しい動きをした債券でした。

 同社はもともと東芝の子会社で、東芝セラミックスという社名でしたが、プライベート・エクイティ・ファンドのカーライルとユニゾンが出資してMBO(Management buy out:経営陣による会社の買収)によって独立し社名変更しました。独立時の業績は良好でしたが、リーマンショックに巻き込まれ、業績が極端に悪化して信用不安に至ります。

リーマンショックで極端に業績が悪化し信用不安に陥った

 コバレントマテリアルは、そのファイナンス構造に特徴がありました。

 通常、社債を発行する場合は満期や金額を分散させ、リファイナンスが円滑に行われるように配慮しますが、同社の場合は、リファイナンスを予定していなかったのか満期構造の偏った調達になっていました。まとまったファイナンスをまず行い、その資金で設備投資をし、収益から上がる資金で債券は一気に弁済し、バランスシートが健全になったあたりで再上場を行い、投資を回収する予定であったろうと思われます。

 一括弁済の予定なら、リファイナンスを意識した調達構造にする必要はありません。ところが、リーマンショックによって予定が狂い、会社の規模からすると明らかに過大な社債の償還の山ができて、それを支払うだけの資金繰りがつかなくなってしまったのです。

 格付が急低下して債券価格も大幅に下落し、一時期40円を割り込みます。そこまで下がってしまうと、必ず登場するのが、ヘッジファンドや外資金融のSSG(Special Situation Group:信用力悪化先に自己勘定で投資する部門)、プロップトレーディング(Proprietary Trading:自己勘定取引)部隊です。債務構造やシリコンウエハービジネスのキャッシュフローなどから、十分に投資妙味があると考えた彼らのような海外勢の手に、債券の相当量が渡っていました。

 彼らに供給したのは、例にもれず格付低下に耐えられなくなった国内機関投資家筋でした。同社に対するクレジットストーリーにおいては、事業売却によって得た資金で社債を償還するであろうという予想でした。半導体ビジネスの常として、ともかく先行設備投資資金が必要ですが、同社にはそれだけの投資を行う体力はありませんでした。そこで、ウエハービジネスそのものを売却し、その資金でまとめて返済できると読んだのです。

 ウエハービジネスの買収には台湾の会社から打診があり、債券の償還には十分な金額であると思われ、債券価格は上昇しました。ところが、実際の買収はいつまでたっても公表されず、買い手側からは「当局の許可が下りないため買いたくても買えない」という返事が繰り返されます。さんざん待たされたのちに、これ以上安い価格では残された企業が存続できないぎりぎりと思われるような低い価格が、最終的に提示されました。関係者は、交渉相手のしたたかさに驚かされたようです。これを受けて、ウエハービジネスの売却資金をもってしても残った社債の満額弁済は不可能となり、倒産を回避するために社債権者集会が開催されることになりました。

債務者側の思惑が外れた社債権者集会

 日本における社債権者集会は、債務者にとって有利に展開する場合がほとんどです。

 理由は単純です。まず、社債権者からすれば、社債権者集会を開催するに至ったということは、少なくとも期日通りに社債を償還する資金がないことから、事実上倒産したのと同様の認識となります。つまり投資としては完全に失敗で、あとは敗戦処理を残すのみ、といった心理状態になっているのです。そこに会社側から条件が定時され、それを飲まなければ交渉は決裂し、法的倒産や破産となって、社債は紙くずになってしまうような気がすると、どんな条件であれ、それを断る・受け入れないという選択肢などありえない、という心理状態になっていることが多くなります。

 さらに日本における公募債の投資家はその投資ストラテジーにおいて、倒産した状態の債券の回収価値を最大化するためのアクションを起こすことは想定していないうえ、ビジネスモデルとしても想定外であり、そういった状態に至った場合の債務者との交渉などの経験も知識もノウハウももっていないのが一般的なのです。

 社債権者集会の債務者側のテクニックについては、『入門社債のすべて』の第10章で詳しく説明していますが、コバレントマテリアルの場合も、初回の社債権者集会で提示された条件は極めて債務者にとって有利な条件となっていました。

 もし、この社債権者集会の参加者が、これまでの日本における社債権者集会と同様、日本の金融機関や個人投資家などの、穏やかで自分だけが強い主張をするなどはあえてしない人たちばかりであったなら、会社側の思惑通りに会は進行してめでたく会社案が可決されたでしょう。

 ただし、コバレントマテリアルの場合は事情が異なっていました。社債権者集会が開催されるかなり前から、価格が大幅に下落した局面があったこともあり、社債権者の7割以上がヘッジファンドや外資系投資銀行になっていました。正しいたとえかどうかは解りませんが、映画の「ウォールストリート」にでてくるゴードン・ゲッコーみたいな人たちが会場にずらりとならんでいたのです。倒産しそうになった会社の債券に投資して利益を上げるプロ中のプロたちです。かつ、圧倒的な保有率でした。

 さらに、コバレントマテリアルの債務の構造には特徴がありました。

 通常の場合、企業の有利子負債は金融機関からの借入金が含まれますが、銀行ローンに抵当権が設定されており、工場には抵当が打たれていました。しかしウエハービジネスの売却は決まっており、売却に際しては工場に設定された抵当権を抹消する必要がありました。買収する側からすれば買収資産に抵当がついているということはありえない話であり、銀行側にしても抵当を抹消するのであれば被担保債権を弁済してもらうのは当然です。したがって、売却に際して支払われた現金の大半は、銀行借入の弁済に充当されたのです。

 その結果、コバレントマテリアルの債権者は、ほとんどが社債保有者、かつ銘柄も1種類だけだったのでした。つまり、仮に社債権者集会が成立せず、会社更生や民事再生に移行となった場合でも、再生計画案を否決できる立場となります。もし社債の額が全債務においてわずかな比率しかないのであれば、債務者としても、事前に銀行と相談して大筋の方向を決めておけば、法的処理に移行となったとしても社債権者の意向などは無視できます。この状態は次でとり上げるエルピーダの場合に該当しますので、その点は後述します。ところが同社の場合は、社債権者の合意を得られない限り、どうしようもないのです。

 社債権者集会は開催されましたが、極めて異例な展開となりました。会社側案に対して債権者側が拒否を表明し、採決をとるまでもなく、社債権者集会を再度開いて、すべての条件が見直されることとなったのです。結果として、当初案に比べてはるかに社債権者に有利な案が提示され、承認されることとなりました。有利といっても、厳しすぎて実行できずに結局倒産しては意味がありませんで、実現可能なぎりぎりのラインの攻防となりました。

 日本の社債投資に関して投資家が企業再生のプロセスにこれほど積極的に関与し、投資パフォーマンスに大きく寄与した例は、筆者の知る限りほかにはありません。社債投資、それもハイイールドに投資する場合に、その会社の債務構造の特徴を詳細に分析することの重要性を再確認させられた事例でした。

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土屋 剛俊(つちや・たけとし)
みずほ証券金融市場本部シニアエグゼクティブ
1985年一橋大学経済学部卒、石川島播磨重工業入社。87年野村證券に入社し、野村バンクインターナショナル(英国ロンドン)、業務審査部(現リスクマネジメント部)を経て、野村インターナショナル(香港)にてアジア・パシフィックの非日系リスク管理部門を統括。97年チェース・マンハッタン銀行東京支店審査部長。2000年よりチェース証券調査部長。01年より野村證券金融市場本部チーフクレジットアナリスト。05年より野村キャピタルインベストメント審査部長。07年よりバークレイズ証券ディレクター。13年11月より現職。明治大学非常勤講師(99〜01年)。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員。著書に『財投機関債投資ハンドブック』(金融財政事情研究会)、『新版 デリバティブ信用リスクの管理』(シグマベイスキャピタル)、『日本のソブリンリスク』(共著、東洋経済新報社)。


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