私は、日本人が悪く、ヨーロッパの人たちが正しいと言うつもりはありません。ただ、これまでの日本人は、そういう感覚で歴史を過ごしてきたと思います。

 戦争責任にしたところで「何でそんな昔のことをブツブツ言っているんだ」「ODAなどで十分過ぎるほど協力しているじゃないか」と考えるのが多くの日本人かもしれません。

 日本人としてはとっくに「なかったこと」にした問題で、「なかったこと」にしない外国人がいつまでも責任を問い続けることを、多くの日本人は感覚的にわからないのです。

現実を「なかったこと」にするのではなく、
受容したうえで再構築する

 「がんとともに生きる」

 不幸にしてがんを患ってしまった患者や家族が、こんな言葉をよく口にします。

 がんに冒された不幸ばかりを思い悩んで生きると、がんに人生を支配されてしまいます。逆に、がんを患ったことを「なかったこと」としながら生きるのも健全ではありません。がんという病気を自ら受け入れ、その上で自分の生活を再構築するのが、最も建設的な生き方だと私は思います。

 大切な人を亡くした場合も同じ考え方です。

 悲しみを受容し、自分のなかで現実を咀嚼できたら、最愛の人が傍らにいない生活に組み替えていくのが、グリーフワーク(悲嘆からの回復)の理想的な方法です。このとき、病気や最愛の人が亡くなったことを「なかったこと」にしないのが大前提です。

 精神分析学的にも、自分に起こったトラウマを直視せず「なかったこと」にしてしまうと、やがてそのトラウマは回帰し、神経症の症状となって戻ってきます。これがフロイトの基本的な疾病理解で、だからこそ「なかったこと」にはできないというのがフロイトの立場です。