橘玲の世界投資見聞録 2017年4月21日

他人を信用しない国インドで”ぼったくられない”ための考察
[橘玲の世界投資見聞録]

 ムンバイの玄関口チャトラパティ・シヴァジー空港の国内線の到着ロビーを出ると、正面にプリペイドタクシーのカウンターがある。インドでは長年、“ぼったくりタクシー”が問題になっており、現在ではすべての空港にプリペイドタクシーが入っている。

 カウンターでホテル名を告げると料金が示され、引き換えにバウチャーを受け取る。あとはタクシードラーバーにそのバウチャーを渡すだけという明朗会計で、私もいつも利用していた。

 カウンターにいたのは満面に笑みを浮かべた男性で、ホテルの予約票を確認すると「703ルピー」といった。

 「えっ?」と、私は思わず聞き返した。他の空港では、そんな端数を請求されたことはなかったからだ。

 「Seven Hundred and Three Rupees」と、彼は相変わらずの笑顔のまま、一語一語区切るように繰り返した。

 財布を見るとあいにく細かなお金がなかったので、「クレジットカードで払える?」と訊くと、大仰に首を振って「キャッシュのみなんだよ、わるいけど」という。仕方がないので、100ルピー札(約170円)を8枚渡した。

 男性はそれを受け取ると見事な手つきで枚数を数えたが、まるで手品のように、私の目の前で8枚だったはずの100ルピー札はなぜか7枚になっていた。

 男性は、どうだ、という顔をした。「700ルピーしかないけど、3ルピーはマケとくよ。ムンバイにようこそ」……。

 誤解のないようにいうと、ここで私は「インドの空港のプリペイドタクシーは信用できない」と主張したいのではない。ムンバイ以外の空港はどこもちゃんとしていたし、なんの問題もなかったからだ。

 しかしだからこそ、これは典型的な「インド体験」だともいえる。

 前回の記事で私は、「いつどこで誰からどのようにだまされるかわからない」というのがインド社会(すくなくともデリー周辺の北インド)の特徴ではないかと述べた。

[参考記事]
●インドで出会った2人の紳士と「信用の根本的な枯渇」体験について
 

 私はそれまで、空港のプリペイドタクシーを無条件で信用していた。だが「この状況でだまされることはないだろう」と安心していると、見事にだまされたりする。これが「信用の根本的な枯渇」という、日本社会ではまず味わうことのないインド体験なのだ。

インド最大の商業都市ムンバイ。夕方になるとビーチに地元の若者たちが集まってくる    (Photo:©Alt Invest Com) 

 

外国人旅行者が北インドで遭遇する「信用の枯渇」

 インド社会をことさらに貶めるつもりはないし、ほとんどのインドのひとたちはちゃんとしていると幾重にも断ったうえで、外国人旅行者が北インドの観光地でどのような目にあうか説明してみたい。

 アーグラの西にあるファテープル・シークリーは、ムガル帝国第3代皇帝アクバルによって1570年代に建設された宮廷だが、慢性的な水不足でわずか14年で放棄され、それ以降は廃墟としてほぼ完全なかたちで残された(1986年に世界遺産に登録された)。

 ジャイプール(アンベール城)からアーグラ(タージ・マハル)に車で移動する途中、ドライバーに頼んで、そのファテープル・シークリーに寄ってもらったのだが、駐車場で車から降りても遺跡の入口が見当たらない。すかさず若い男が近づいてきて、「遺跡は車の乗り入れが禁止されていてバスでしか行けないが、外国人だと迷うに決まってる。200ルピー(約340円)でぜんぶ案内するよ」という。

 片言の英語しか話さないドライバーに、「ここはガイドを雇わなければならないのか」と訊くと、「どうしてもというわけではないが、いてもいいんじゃないか」という。もういちどあたりを見回したが、バス停らしきものは見当たらない。なにもわからずに歩き出せば、たちまちもっとあやしいひとたちに囲まれるだけだ。そう考えて、遺跡まで連れて行ってもらえばいいという感じで彼に案内を頼むことにした。

 バス停は、駐車場から土産物屋の並ぶ通りを5分ほど歩いたところにあった。ガイドの話ではバス停から遺跡まではかなりの距離があり、「いまは大型観光バスが到着したばかりでものすごく混んでいるから大変だ」と繰り返す。

 「自分はバイクを持っているから、それに乗ればすぐに着く。そっちの方がずっと楽だよ」

 その誘いを断ったのは、たんにバイクの二人乗りが好きではないからだった。

 遺跡に向かうマイクロバスはたしかにツアーの外国人客でいっぱいだったが、1台待てば難なく座れた。関係者以外の車は入れないので渋滞もなく、7~8分で遺跡前のチケット売り場に到着した。

 バスを降りるとバイクで先回りしていたガイドが手を振っている。近づくと、遺跡とは別の方向に案内しようとする。

 不思議に思って「遺跡の入口はそこでしょ」と訊くと、「その前にバザールを見学するんだ」という。

 そのときまでに私は、「バザール」が観光客向けの土産物屋の別名だということを学習していた。さすがに頭にきて、「遺跡を見に来たんだから、ショッピングなんて冗談じゃない」と、ガイドを振り切ってチケット売り場に並んだ。

 ガイドは追いすがってきたものの、なにもいわずに私の後ろにぴったり身を寄せているだけだ。すると今度は、「入場料は500ルピー。それとは別に税金が10ルピーで、ぜんぶで510ルピーだよ」と親切に教えてくれるひとがいる。

 礼をいって窓口で510ルピー払いチケットを受け取ると、その親切なひとが「200ルピーで英語ガイドはどうだい? 興味深い遺跡の歴史を案内するよ」と声をかけてきた。私が駐車場で雇ったガイドは遺跡のなかに入る資格を持っておらず、チケット売り場まで案内することしかできなかったのだ。そこには遺跡の公認ガイドがたむろしており、彼らの前で露骨な客引きはできないから、私のうしろに黙って立つしかなかったのだろう。

 そう考えれば、彼がなぜバイクの二人乗りを熱心に勧めたかわかる。バイクに乗れば、そのままどこかの土産物屋に連れて行かれ、なにか買わなければそこから出られない仕掛けになっているのだ。

 ガイドブックによれば、遺跡のガイドを雇うと、あとでかなりしつこく土産物屋に誘われるそうだ。駐車場のガイドが、私が遺跡に入る前になんとかして土産物屋に連れ込もうとしたのはそれが理由だろう。

 幸いなことに、次々と寄ってくる遺跡のガイドを問答無用で断ったから、それ以上不快な思いをすることはなかった。そんなことができたのは、その前の駐車場のガイドのおかげでじゅうぶん気持ちがすさんでいたからだ。もっとも、それでこの世界遺産をこころから楽しめたわけではないが。

ムガル帝国の“失われた都” ファテープル・シークリー        (Photo:©Alt Invest Com) 
チケット売り場前。「誰もがだまそうとしているのではないか」という気になってくる         (Photo:©Alt Invest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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