「もしもし」

 急き込んで幸一が声を掛ける。

(幸一……)

 その淋しげな呟きだけで、幸一は胸が苦しくなった。

「話は聞いた、大丈夫かい?」

(父さんが心配なの……。父さんは強がっていたけど……でも……)

 あとはすすり泣く声ばかりとなってしまった。幸一は黙って電話越しに彼女の涙を見守り、落ち着くのを待った。小さな声で慶子が伝える。

(私も日本へ帰るわ……。上海へはいつ帰ってこられるか判らないけど、父のもとへ行ってあげなくちゃ……)

「そうか……大変だろうが、負けてはいけないよ」

 涙にまぎれた(うん)と答える声を最後に、慶子が電話を切った。

 呆然としている幸一に、隆嗣が問いを浴びせた。

「どうするんだ?」

「とりあえず、彼女は日本へ帰るそうです」

 弱い声で答えた幸一へ、隆嗣が重ねて問う。

「それで、君はどうするんだ?」

 言われて、自分が何をすべきか分からない幸一は、すがるように隆嗣へ目を向けた。

「どうすれば……?」

「馬鹿野郎、決まっているだろう。お前が今しなきゃならないのは、彼女の傍にいてあげることじゃないか」

 思いがけず激しい口調で隆嗣に責められた幸一は、横にいる石田へ目を転じた。彼も頷いて隆嗣に賛同を示している。

「工場のことは気にしなくていいよ、しばらくのあいだ私一人でも大丈夫さ。これでもけっこう中国語が上達したと、我ながら自負しているからね」

 隆嗣と石田の優しい言葉に、昂ぶった気持ちを抑えかねた幸一は俯いて潤んだ目を隠した。

「ありがとうございます」

 そう言うのが精一杯だった。

(つづく)