「幸せ食堂」繁盛記
【第四七回】 2017年4月27日 野地秩嘉

知る人ぞ知る食いしん坊、長友啓典さんが愛した店

長友さんが行きつけだった店の人たちの声・その2

「萬」の小石原宣子さん。

「萬」は、西麻布にあるワインバー。長友さんの猫のイラストが柱に描いてある。

「トモさんがお土産を持って、店にいらしたことがあります。包装の紙包みを私がベリベリッと破ったら、笑いながらこう言われました。『あんなあ、料理の時はきちんと丁寧なのに、なんとも雑な開け方やな』……あの時のトモさんの顔、忘れられません」

「ボン・ムッシュ」の河野大(ひろし)さん。

 六本木の路地にあるビストロ。春は向かいの公園の桜が美しく、長友さんはテラスの席で白ワインを飲んでいた。長友さんは河野シェフのことを「マスターは遊び人」と評していた。わたしもそう思う。

 長友さんの思い出を話してくださいと訪ねた夜、テーブルにグラスに入った白ワインが注がれていた。これは?と聞いたら、「長友さんの席です」……。

「玉子料理が好きでした。いつもバイヨンヌの生ハムとオムレツ。白ワイン。あとは下仁田ねぎのアンチョビソース掛け。『マスター、たくさんは食べれんから、ちょこちょこ出してや』と、ちょこちょこ出すのを気に入ってらっしゃいました。きゅうりが嫌いで、鮎もダメなんです。でも、一度、無理やり、鮎のコンフィを出したら、なぜか召し上がってらっしゃいました。全部、食べてましたよ。鮎を」

「与太呂」の主人、川口元宏さんと、若主人 の川口貢史さん。

 六本木にある関西風天ぷらと鯛めしの店。店を開いてから37年、経つ。まずは主人の話から。

「長友先生は、えべっさん(七福神の恵比寿さん)みたいでした。私はこの商売して長いんですが、あれだけ人脈の広い方は知りません。政財界人から芸能人まで、長友先生が知らん人はおらんのと違いますか?」

 一方、若主人は……。

「亡くなって寂しいけれど、悲しくはありません。絵、名刺やエプロン、梅酒のデザイン、いろいろなものをいただいてますから、親戚みたいなおつきあいでした。いまでも、突然、ふっと入っていらっしゃるような気がしてなりません。いちばんのいただきものは息子の名前です。上が一典(ひてん)、12歳、下が空也、10歳です。一典は長友先生が尊敬する田中一宏先生から〈一〉、典は長友先生の〈典〉。空也は〈空みたいな大きな器の男になって人生を満たしてほしい〉と。名前を付けていただいただけでなく、可愛がっていただきました。あれほど、みなさんから好かれた方はいらっしゃいません」

「三合菴」の加藤裕之さん。

 ここは、白金にあるそばの店。7月から広尾に移転とのこと。長友さんは毎日曜日になると、奥さんとふたりでこの店にいた。大阪の出身なのに、そばが大好きだった。

「長友さんが亡くなってから、『連れてきてもらいました』とやってくる方が多いんです。きのうもふたりでいらっしゃってました。日曜日の朝、11時になると、『長友です。いつもの時間にふたりで行っていいかな?』と電話がかかってくるんです。そうして、いろいろつまんで焼酎のそば湯割りを飲んでました。最後にそばを選ぶ時、ものすごく真剣なんです。真剣に悩んで、納豆そば。大みそかに僕は年越しそばを300人前くらい打つんです。朝から晩まで、10時間、打ちっぱなしです。昼過ぎになると、奥様がいらして『これ』と、池袋のすずめや製どら焼きを30個くらい、差し入れてくれるんです。毎年です。もらうと僕がそばを打ちながら10個は食べる。重労働だから、甘いものがおいしい。だから、大みそかはどら焼き。長友さん、さりげなく気を遣う方でした」

「ガランス」の星野哲也さん。

白金にあるバー。夜遅く開店する。ステーキがおいしい。

「長友さん、座るところが決まってました。ラクレットの機械の前です。熱でチーズをやわらかくする機械なんですが、白ワインを飲みながら、ずーっと見てました。チーズに動きが出るのを見つめながら、マッシュルームのサラダを食べて、白ワインを飲む」

 

 

 

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野地秩嘉 

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

「「幸せ食堂」繁盛記」

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