【前回までのあらすじ】
徐州隆栄木業有限公司の会議中、日本の岩本会長から突然の電話が入った。電話の内容は、慶子の父が経営する川崎産業が倒産したというもの。幸一は慶子とともに急遽日本に帰国することにした。
幸一が不在のため、東洋ハウスのアテンドは隆嗣が代役を務めることになった。交渉相手、山東建富開発有限公司の総経理は、年齢不詳の美しさを醸し出す長身の美女、王紅。仮契約締結後、王紅に誘われた隆嗣は、かつての学生運動のリーダー焦建平と再会する。

(2008年5月、東京)

 川崎産業は、124億円の負債総額で自己破産した。

 一昨年から首都圏のマンション販売は好調に転じていた。ここで勝負をかけて不景気に泣かされていた時期の利益を取り戻そうと、社長の川崎洋介は積極的に土地の手当てと建設に着手していた。

 昨年前半まではそれでかなりの収益を上げる目処が立ち、喜んでいたのも束の間のことだった。

 一人の一級建築士が引き起こした『耐震構造計算偽装事件』に注目が集まると、官庁の監督責任追及から逃れるために、国土交通省は昨年6月に改正建築基準法を施行した。杓子定規で柔軟性のないその改定に、現場は混乱をきたして建築確認が滞ってしまい、日本中の建設市場は大きな打撃を受けた。

 これ以降、傾いていくマンション業者や建設会社が後を絶たない惨憺たる官製不況に陥っていくことになるが、川崎産業も例外ではなく、洋介が積極経営に乗り出していたことが災いして、資金不足に追い込まれていった。

 土地の手当てをしてマンションの先行販売を始めても、肝心の建築確認が取れず着工すら出来ない物件が重なり、銀行から融資返済の遅れを責められて、真綿で首を絞められるような日々が続いた。

 そして、最終決断を下したのも、社長の洋介ではなく銀行の方だった。

 追加融資の危険を冒すよりよりも、まだ土地や物件の抵当権を押さえている現状のままで回収できるだけ取り上げてしまおうと決断した銀行に背中を押され、洋介は転落した。

 形だけ名前を残して銀行の思惑通りに会社を弄られてしまう民事再生法の適用を申請せず、自己破産を宣告したのは、洋介なりの意地であったのだろう。

 急遽帰国した慶子と幸一が目にしたのは、憔悴しきった洋介の姿だった。

 父に付き添って、慶子も一緒に債権者のもとへ頭を下げて回った。心労で倒れはしないか、まさか自らの命を絶とうとするのではないか、と様々な不安に囚われた慶子は、片時も洋介から目を離せなかった。

 かつてはオーナー社長として強引なカリスマ性を発揮し、会社を牽引していた洋介だったが、今では、社員はおろか役員たちも洋介を責める側に廻ることで自己保全を図り、付き従う者は一人もいなかった。