ゴールドラット博士の思い出
三本木亮 【『ザ・ゴール』シリーズ翻訳者】 

 2001年、ゴールドラット博士とのニューヨークでの初対面は強烈でした。白い開襟シャツに、トレードマークのパイプをくわえ、そして頭にはユダヤ教徒の男性がかぶるスカルキャップ。原書The Goalの装丁からそのまま抜け出してきたかのような風貌でした。事前に、博士と会ったことがあるという多くの人たちから「気難しい」「激情家」「感情の起伏が激しい」などと聞いていましたが、初対面の博士は予想外にも満面の笑顔で私たちを迎えてくれました。

 その後、博士の来日の折に、たびたび会わせていただいたが、博士の情熱と知性には本当に感心させられてきました。『ザ・ゴール』が邦訳出版されると、多方面からさまざまな意見が寄せられました。多くの方々が「すばらしい、目からウロコだ」と賞賛する一方、「当たり前すぎる、常識的で目新しいものが何もない」と酷評するものも少なくありませんでした。

 そんな批評に対し博士は、“It is common sense, but not common practice”、つまり「常識だけど、何も実践していない」と軽い笑顔でかわしていました。TOC(制約理論)は、確かに新しい発明ではありません。ごく日常的な現象、つまり自然の摂理を科学的に解きほぐし、誰にでもわかるように体系的に理論としてまとめあげただけなのかもしれません。しかし、誰も見向きもしない当たり前のことに目を向ける――そんな単純なことが、もしかすると本当はいちばん大切なことなのかもしれません。物理学者である博士だからこそ、できた芸当なのでしょう。

 博士についていちばん印象的だったのは、なんと言っても博士と交わした映画談義です。あれだけの理論を構築した人物なのだから、さぞかし哲学的で難しい映画が好きなのだろうと思っていたら、なんと博士の口から出てきたのは「シュレック」でした。そう、あのCGアニメーション映画のシュレックです。その内容を本当に楽しそうに語る博士の姿は、なんとも可愛らしいものでした。あの笑顔、そしてあの笑いがもう見られないかと思うと本当に淋しく思います。なにより博士から二度と新たな知恵や知識を教示してもらえないのは、まさに世界的に大きな損失と言えます。いまは、ただ安からに眠られるよう心から祈るばかりです。

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