「変な言い掛かりをつけるな」

 動揺した李傑の声が虚しく響き、却って祝平の話を認めているかのような印象を与えた。祝平はあくまで皮肉な顔つきを変えようとはしない。

「いいじゃないか。ここは君と私のふたりだけだ。本音の話をしよう。なんと、今では自分が恋人を奪った隆嗣と仕事をしているそうじゃないか。君の厚顔ぶりには頭が下がるよ」

 祝平の駄目押しに、ついに李傑の仮面が剥がれ落ちた。

「俺は、利用できるものは何でも利用して、ここまでの地位を手に入れてきたんだ」

 叫びに近い声を受け流して、祝平が更に追い詰める。

「しかし、この話を隆嗣が聞いたらどうするかな。怒って投資した会社を引き揚げるかもしれないね。まあ、合弁会社の一つが消えたところで君の懐が痛むわけではないだろう。だが、彼は財界や政府関係者にも顔が広いだろうから、君の過去を騒ぎ立てるようなことになれば、困った立場に追い込まれるんじゃないのかな」

 祝平の脅しに打ちのめされて、李傑がうなだれる。

「だいたい、なんで立芳はあんな男に惚れてしまったんだ……。何の志もない、遊び半分で中国へ来ていたような日本人に彼女がたぶらかされるのを、黙って見ていろと言うのか」

 19年前に戻って愚痴をこぼす李傑を、祝平が見下した。

「君がどう思おうと勝手だ。しかしあの夜、君の詐謀で彼女はあの場所へ現れ、君の本意ではなかったろうが、彼女は警棒に倒れて息を引き取った……。この事実は変わらない」

 互いに言うべきことを吐露した後で、静寂が流れた。すでに共産党常務委員と保釈中の政治犯という立場は逆転している。

「貴様の望みはなんだ。俺を陥れて復讐するつもりか? 俺は脅しになど屈しないぞ」

 沈黙に耐えかねて李傑が口を開くが、言葉とは裏腹に声は弱々しい。

 勝った。そう思った祝平は、用意したセリフを頭の中で反芻してから声に出した。