「よい約束」も「悪い約束」も必ず守る

 これが、私を危機的状況に追い込むきっかけとなりました。
 リベートは違法。正直、気は進みませんでしたが、シンガポールに帰った私は、早速、ボスに直談判(じかだんぱん)。彼も華僑ですから、「そういうもんだろう。3%くらい払ってやれ。その代わり、値段についても工夫しろ」とあっさりOKしました。これで状況が一変。自宅に呼んでくれた華僑はもちろん、大手の工場でも次々と契約が取れるようになったのです。売上は倍々ゲームのように増加。そして、マレーシア・シンガポール地域のトップセールスマンになったのです。

 ところが、ボスは猜疑心(さいぎしん)の強い男でした。私がリベートを横領するのを恐れたのでしょう、自ら取引先の工場を訪問してリベートを手渡し始めたのです。私は内心がっかりしました。なぜなら、部下である私を信用していない証拠だからです。

 しかも、取引先からは不評でした。それも当然です。親しくもない人間が訪ねてきて、「今回はこれだけでお願いします」とお金を渡すのですから決まりが悪い。「なぜ、小西が持って来ないんだ?」と不満をぶつけられました。

 それに、とどまりませんでした。
 ボスがリベートをごまかし始めたのです。100万円払うべきところを50万円しか払わない。当然、取引先は激怒します。「決められた金額と違うじゃないか?」と、あちこちで責め立てられた私が確認すると、「いやぁ、ちゃんと払ったのに、おかしいな。確認しておくよ」とボスはのらりくらりとかわすだけでした。

 おそらく、ボスは相手の“足元”を見ていたのです。どうせ、相手は数年後には契約が切れていなくなるのだから、まともに支払う必要はない、と。しかも、リベートは違法ですから、払わなかったとしても、相手はその事実を公にすることはできません。

 しかし、どんな条件であれ、一度決めた約束は守るべきです。私は何度も何度もボスに対して、「約束は守るべきだ」と迫りましたが、暖簾(のれん)に腕押し。こうして、ボスと取引先の板挟みになり、私は身動きがとれなくなってしまったのです。

 しかも、当時の私は歩合制だったにもかかわらず、歩合部分については株式で渡そうとするなど、ボスに当初の約束とは異なる提案をされました。それどころか、よりによって歩合制から月給制にすると言い渡されたのです。苦労してトップセールスマンになって、これからリターンがあると思っていた矢先ですから深く失望しました。