橘玲の世界投資見聞録 2017年5月11日

「EUは解体しないしユーロは持続する」
フランス大統領選でマリーヌ・リペンが敗北した2つの要因
[橘玲の世界投資見聞録]

 5月7日に行なわれたフランス大統領選の決戦投票では、事前の世論調査どおり、独立系中道右派のエマニュエル・マクロンが右派・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペンを大差で破った。それと同時に、投票を棄権したか無効票を投じた有権者が全体の3分の1に達した。

パリの街角に貼られた仏大統領選のポスター。右:エマニュエル・マカロン 左:マリーヌ・ルペン (Photo by Chesnot/Getty Images)

 決選投票がグローバリストとナショナリストの対決になったことで、行き場をなくした左派はさっそく「反マクロン」の大規模デモを行なった。政治経験もなく政権基盤も持たない39歳は今後、議会との多難な交渉を余儀なくされるだろう。結果的にドイツ(アンゲラ・メルケル)が後見人になり、「ドイツによるヨーロッパ支配@エマニュエル・トッド」がさらに進むことになるのではないだろうか。

 マリーヌ・ルペンは、父ジャン=マリーが2002年の大統領選で獲得した得票を大きく上回る1000万票を獲得したものの、大統領の座には届かなかった。なにが勝敗を分けたのだろうか。ここでは2つの要因を指摘しておきたい。

「極右」のイメージを払拭しきれなかったルペン候補

 ひとつは、国民戦線が「極右」のイメージを払拭しきれなかったこと。典型的な金融エリートで“グローバリスト”であるマクロンより、共同体主義のルペンに心情的に共感する保守派は多いと思うが、彼らとしても“偉大なるフランス”が「極右国家」のレッテルを貼られることは躊躇するのではないだろうか。

 ルペンの理想とする社会が、民族の同一性が高く移民・難民の受け入れに慎重な日本であることからわかるように、国民戦線は「白人至上主義」を唱えているわけではない。

[参考記事]
●日本のマスコミが"極右"と報道する国民戦線ルペン党首の目指すべき社会は「移民管理を徹底した日本」

 

 フランスの新右翼の主張は、1980年代に「文化多元主義(マルチカルチュラリズム)」に接近したとされる。

 新右翼の理解では、〈超国家〉であるEUに象徴される「グローバルなリベラリズム=ネオリベ」は、社会を普遍的な人権を持つ個人の集合体とみなし、伝統や文化、国民性などの「差異」を抑圧して、「世界市民」によるのっぺりとした理想社会を目指している。

 国民戦線がEU離脱を声高に唱えるのは、フランス固有の文化や伝統をないがしろにする「グローバリスト」への抵抗だ。その価値観がリベラルな文化多元主義者と通底することは、大統領選の第1回投票で20%近い票を集めた左翼党のジャン=リュック・メランションがルペンと同じく、EUからの離脱を唱えていたことからも明らかだろう。右派と左派のポピュリズムは反グローバリズムで「共闘」するのだ(米大統領選のトランプとバーニー・サンダースの関係も同じだ)。

 フランスの「新しい右翼」は移民に対する同化政策を批判し、ムスリム女性がヴェールをかぶる権利を認め、イスラーム法も尊重する。だったらリベラルな文化多元主義者とどこがちがうかというと、文化や伝統・宗教の異なる集団が共生することは困難なので、「フランス人はフランスで、ムスリム移民はイスラーム国家で」それぞれの幸福を追求すればいい、と主張することだ。

 こうしてフランスの右派知識人は「人種主義」を捨て、それぞれの文化のちがいを尊重するよう求めはじめた。ただし彼らの認識では、北アフリカからの移民の流入と同化政策によっていまや“マイノリティ”として危機にさらされているのはフランス人(白人)であり、だからこそフランス的な共同体をこそ守らなければならない。なぜならフランス人は、そこでしか幸福になれないのだから――。このようにして極右はまず、文化多元主義へと〈反転〉した(中野裕二『フランス国家とマイノリティ』国際書院)。

 だがフランスでは、白人は主観的には“マイノリティ”かもしれないが、実体としてはマジョリティだ。多数派が文化的な差異を強調し、自らを少数派に偽装するならば、ムスリム移民などのマイノリティは排除されるほかはない。このようにして「文化多元主義的右翼」は、白人至上主義を唱えることはなくなったとしても、移民排斥の主張によって「(排外主義の)極右」と見なされた。

 だが「新しい右翼」は、世界でもっともリベラルで幸福な「北のヨーロッパ」においてふたたび変容する。オランダの右翼政治家ピム・フォルタインは、自らがゲイであることをカミングアウトしたうえで、女性の自由と自己決定権を認めず、同性愛者の生存権を全否定するイスラームを「リベラルなヨーロッパの価値観に反する」と批判したのだ(水島治郎『反転する福祉国家』岩波書店)。

 これが極右のリベラルへの〈反転〉で、これによってオランダの右翼政党は人種主義から訣別し、寛容な移民政策に内心不満を覚えながらも、「レイシスト」と批判されることを怖れて声をあげることができなかった一般大衆の動員を可能にした。

 父ジャン=マリーから国民戦線を継いだマリーヌも、この〈反転〉の効果を目の当たりにして、人種主義的な主張をつづける(父のジャン=マリーを含む)古参党員を除名し、「愛国者の党」に変わろうと試みた。

 だが、いちど染みついたイメージを払拭するのはかんたんではない。

 移民問題や経済政策などで、トランプとルペンの政策に重なるところが多いのは間違いない。これは偶然ではなく、(おそらくは)トランプ陣営が欧州の右派ポピュリズムの手法を詳細に研究し、有権者を感情的に動員すべく、「移民・治安・失業」という(ポピュリズムの)“黄金の三角形”を米大統領選に持ち込んだからだ。だがアメリカの保守的な有権者は、トランプに投票したとしても「極右」のレッテルを貼られることを怖れる必要はなかった。これがトランプとルペンの大きなちがいだろう。

 マリーヌは「ルペン」というカリスマの名によって大統領選の決戦投票まで進んだが、「ルペン」の名によって敗れたのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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