「幸せ食堂」繁盛記
【第四八回】 2017年5月19日 野地秩嘉

武蔵新城で食べる牛ホルモン盛り合わせ、丁寧な仕事でボリューム満点!

しあわせは遠い

 南武線武蔵新城駅のまわりには焼き肉店が10店舗はある。そのなかで、ホルモン焼肉の「しあわせや」はもっとも遠い。駅から15分ほど、とぼとぼと歩いていくのだが、その間、頭のなかに浮かんでくるのは「しあわせは遠い」という感想だ。だが、店の前まで来ると、なかの照明はやたらと明るい。しあわせは明るいものだと感じる。

 一歩入ると、女子高生アルバイトが「いらっしゃいませ」と大きな声で迎えてくれて、加えて、にっこり、盛大に笑ってくれる。オヤジにとって女子高生の笑顔は非常に貴重だから、重い気分は吹き飛んで、とたんにしあわせになる。

 そんな同店の特徴は女子高生の笑顔だけではない。なんといってもホルモンの盛り合わせだ。コプチャン(小腸)、シマチョウ(大腸)、ネクタイ(食道)、レバー(肝臓)、ハツ(心臓)、ミノ(第一胃袋)、ハチノス(第二胃袋)、センマイ(第三胃袋)、コブクロ(子宮)……。味噌味のタレをつけたホルモンを6種類から8種類を盛り合わせて出す。

 小盛から特大盛まであるけれど、中盛(300グラム1280円)で充分だ。他の焼き肉もあるから、中盛にしておいた方が無難だろう。

 店主の大久保正則氏はかつてマグドナルドに勤務していた。48歳、独身、昭和風ハンサムの人だ。

「17年間、マックに勤めていて、6年前に店を開きました。退職金を全部つぎ込んでます。焼き肉を選んだのは、炭火の温かさが好きだから。炭火で肉を焼いていると、しあわせな気分になるんです。ホルモンの盛り合わせを出している焼き肉店は他にもありますけれど、たいてい、一緒くたに混ぜて出します。うちではひとつずつ、種類がわかるよう、盛り付けています。形と名前がわかった方がお客さまが安心できると思うからです」

 ホルモンはいずれも牛のものだ。いちばん人気はコプチャン。脂肪の甘みを感じる部位である。そして、大切なのはホルモンの焼き方だ。

「コプチャン、センマイのような白いホルモンは焦げるくらい焼いてください。ハツ、ネクタイなどの赤いホルモンは焦げる寸前で網から降ろす。ホルモンですから、生よりも火が通っている方が安心だと思います」(大久保さん)

 しあわせやは家族連れの客が多い。大久保さんは子どもたちが生のホルモンを食べないように、テーブルを回っては、「白いホルモンはよく焼いてください」と注意を繰り返している。独身だけれど、子どもが好きなのだろう。

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野地秩嘉 

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

「「幸せ食堂」繁盛記」

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