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(2008年12月、上海)

 今日はクリスマスイヴ。『クラブかおり』の戸口脇には、相変わらず寡黙な影が控えていた。春節などの店休日を除き、この1年以上の間ずっと休みなく勤めている影は、黒味を帯びた無表情を制帽で隠し、草色の制服姿は右に傾いたまま佇立している。

 慶子の背に手を添えた幸一が店頭に現れると、警備員は取っ手に添えた手を引いてドアを開く。幸一の労わりを含んだ会釈に、その影は頭を下げて応えた。

 まだ7時という早い時間だ、客のいない1階フロアのソファでは、客待ちの小姐たちが雑談をしたり携帯電話を覗き込んだりして時間潰しをしていた。笑顔で出迎えた迎春に案内されて、二人は奥の階段を昇った。

 2階のフロアも静かだったが、観葉植物に遮られた一番奥のボックスに、一人の白人男性が座っていた。幸一、慶子、それにジェイスンという、隆嗣に係わりのあるメンバーと迎春が集った今宵の宴は、クリスマスパーティーという名に託けた、隆嗣の送別会だった。

 もちろん隆嗣にも声を掛けているが、まだ姿を現していない。着々と事業の整理を進めた隆嗣は、明日、日本へ帰国することになっていた。いつ中国へ戻ってくるのか判らない別離である。

 初めて顔を会わせた幸一とジェイスンは、隆嗣や迎春から聞いていた通りだと、お互いの想像に違わぬ相手の印象に安堵した。

 幸一は相変わらず生真面目さをその容姿と挙措に顕して、年齢以上の信頼感を漂わせている。一方のジェイスンは、いつも以上のオーバーアクションで煩わしいほどの陽気さを振り撒いていたが、それは湿りがちな雰囲気を和ませるためであると、みんなが理解していた。

 慶子が、隣に座る幸一を問い詰めている。

 「それにしても、いつの間に伊藤さんとそんなに仲良くなっていたの? 私に内緒で、大それた計画を進めていたなんて」

 「僕は、あくまでも伊藤さんに頼まれたことをやっただけ。契約書と見積書を、会社の金庫に保管しただけさ」

 そう言って幸一は水割りを口に含む。

 「ねえ、ジェイスンさん。とぼけてる幸一の替わりに教えてくれませんか。いったいどういう罠を仕掛けて李さんを逮捕させたんですか?」

 隆嗣と李傑の隠された因縁をジェイスンの口から聞かされて、李傑が逮捕された真相を初めて知った慶子は、幸一からも蚊帳の外に置かれていたことが気に喰わず、引き下がろうとはしなかった。脇に控えて微笑みながら黙っている迎春を振り返って言葉を続ける。

 「お春さんだって、自分のお姉さんを陥れた男に、どんな復讐を遂げたのか知りたいでしょう?」

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