「提出した口座資料は、名前こそ違うが証明用写真は李傑の顔で、サインの筆跡もあいつのものだから、言い訳は出来ない。10万ドルのキャッシュと90万ドルの振り込み、併せて100万ドルの不正蓄財となれば大事件だ。
  この金はいったいどこから流れてきたのか、捜査が隆栄木業有限公司に及ぶ。すると、会社の金庫から出てきたのは80万ドルの設備見積書と、李傑がサインした180万ドルの契約書。実際に会社がシンガポールにL/Cで支払ったのも180万ドルだ。受け取ったシンガポールの会社も、怪しげなペーパーカンパニーで実体はなかった。
  つまり、この100万ドルは李傑が設備購入を利用して横領したものだと断定されたわけさ。本人がどんなに知らないと言い張っても、これだけの状況証拠が揃えば、疑う者は一人もいないだろう……。10年の実刑は逃れられないだろうな」

 そこでジェイスンは、焦建平から聞いた話を思い出した。

 李傑は、拘置所の中でずっと沈黙を保っているそうだ。言い訳をするでもなく、ましてや嵌められたと騒ぎ立てるでもなく、尋問にも何ら口を開こうとはしない李傑は、これを運命と受け止めているのだろうか。

 ジェイスンは、その男の顔を思い浮かべて身震いをした。

 自分の眉間に浮かんだ皺を気遣う周りの視線を感じたジェイスンは、慌てて頬に笑みを繕い、幸一へ問い掛けた。

「しかし、君たちはその後が大変だったんだろう?」

「え、ええ。伊藤さんの指示通りに慣れない芝居をしまして、こちらは100万ドル横領された被害者だと言い張って、市政府へ弁済を求めました」

 実際には、一番苦労したのは石田への釈明だった。突然噴出した公司を揺るがす大事件に動揺する石田を宥めるため、事件の背景にある隆嗣の過去と復讐劇を、正直に縷々説明した。

 すると石田は、怒りの矛先を幸一へ向けてきた。それは先ほど慶子が見せたのと同じ非難で、何故もっと早く話してくれなかったのか、という恨み言である。そして、自分も協力したのに、と悔しさを滲ませて訴えていた。

「そこで救世主の登場か」

 ジェイスンが合いの手を入れると、幸一はひとつ頷いた。

「市政府も、どのように対応していいのか判らず混乱していました。そこへ焦建平さんが、市政府の投資会社が持っている会社の債権を100万ドルで買い取ると申し出てくれたんです。市政府としても厄介払い出来ると思ったんでしょう。すぐに応じました。
  来年から隆栄木業有限公司は、イトウトレーディングと建富開発公司との合弁会社となります。新たに董事長となられる焦建平さんは、中国国内市場へも植林木利用材の拡販を図るべきだと力を入れておられます。
  それに、日本の東洋ハウスも、我が社のLVL採用を前向きに検討してくれています。まあ、これも焦建平さんが東洋ハウスと青島で不動産開発の提携を始めたお蔭なんですが……」