男は、懸命に不確かな記憶を辿って我が身を振り返った。心のこもった言葉を最後に聞いたのは、勤務先であるナイトクラブのオーナーだった日本人からだ。

 顔を合わせる度に、いつも煙草を差し出して火を点けてくれる彼は、ある日、自分の足が障害を持っていることを気遣って、店先に椅子を置こうと言ってくれた。ただそれだけのことだが、嬉しかった。

 優しい言葉に慣れていなかった自分は、なぜだか照れてしまい、気の利いた返事ができなかったことを、ずっと悔やんでいた。その日本人もすでに帰国してしまい、この上海にはいないのだ。

 男はゆっくりと首を左右に振った。

 自分が武装警察隊を追われたのは、訓練中に痛めた右膝のためではなく、酒に頼りがちな不安定な精神状態を周りから疎んじられた結果だと判っていた。では、なぜ自分が酒に浸るようになったのかと、その原因にまで思慮を及ぼしてくれる仲間はいなかった。

 若かった頃の自分は、国家への忠誠心を認めてもらいたいという血気に逸っていた。それは自覚している。しかし、20年前のあの夜は、「容赦するな」という上司の言葉に、忠実に従っただけだ。仲間を逃がそうと両手を広げて抵抗を示した女学生を排除するため、警棒を振り下ろした。それの何が悪い。

 だが、その夜以降、同輩たちの自分を見る目が微妙に変化し始めた。自分を避ける仲間たちが、「若い娘を相手に何もあそこまで……」、と陰口を叩いていたことも知っている。

『同じ夜、天安門広場では、反政府分子たちに対してもっと手厳しい鉄槌を下していたではないか』と、今更ながら、甘い連中に向かって心の中で唾棄した。

 しかし本当に自分を苦しめたのは、周囲の目ではなく、夜毎宙空に現れる白い衣装を纏った肢体だった。切れ長な目が自分を見据えている、その恨みを注いだ瞳に射竦められ、日に日に睡眠が奪われていった。

 酒瓶に手を伸ばすようになった自分は、やがて、周囲から避けられるどころか蔑まれていった。もはや武装警察の一員として役に立たなくなった自分が、居場所を失ったのも仕方がないことだった。