(2009年5月、長崎)

 平和公園の近くにある1軒の古い民家。昼下がりの小さな庭では躑躅が紅白の花弁で身を飾っている。その庭に面した10畳に満たない洋間のソファに隆嗣が腰掛けていた。

 届いたばかりのエアメールの封を開けると、便箋と共に1枚の写真が出てきた。

 写真の中央で幸一と慶子が笑っている。その左右には幸一の家族、父の真治や母と妹、それに岩本会長と迎春もいるし、石田の脇に焦建平夫妻とジェイスンの姿も見え、みんな円満な祝福の顔をしている。

 残念ながら自己破産した慶子の父は国外へ出ることが叶わず出席できなかったようだ。

 タキシードを着た幸一が、純白のウェディングドレスを纏った慶子の手を取っている姿を見た隆嗣は、自然と口元が緩んだ。

『やっぱり来てくれませんでしたね。みんなが待ち望んでいたのは、主役の私たちではなく、伊藤さんの姿だったんですよ。
  式には工場の全従業員の方々がお祝いに駆けつけてくれて感激しました。幸一さんも、石田さんや焦さんに助けられながら立派に総経理職を務め、社員の皆さんにも慕われているようです。これは身贔屓なオノロケにしか聞こえないでしょうね。
  お腹の子を気遣って新婚旅行は取り止めにしましたが、落ち着いたら、父のために日本でもささやかな披露宴を開くつもりです。そちらには必ずいらして下さい。
  それから、私の出産前後には長い休みを頂くつもりですから、仕事にも支障が出ると思います。そのときは、伊藤さんに上海へ戻って会社を見ていただきたのですが。
  勝手を言ってすみませんが、是非お願い致します。
お春さんも待っています。

慶子』

「まったく勝手な奴だ」そう毒づきながらも、隆嗣の目は微笑んでいた。

 立ち上がって壁際のローボードの上にその写真を立て掛けた。

 その隣には、もう一枚の写真が飾ってある。祝平の律儀に頬を引き締めた顔があり、その周りを十数人の生徒たちが笑顔を咲かせて囲んでいる。その背景には真新しい立派な校舎が写っていた。

 写真の裏には固い文字で「謝謝、老朋友」との5文字が記してある。