メトロバンクは窮状を変える一筋の光だ。1835年以降にイギリスで設立許可を得た大手銀行の中では一番新しい。その前に銀行が誕生したのは、バッキンガム宮殿が王室の公式宮殿となった1837年よりも前だ。新参者が伝統を無視し、金融業界の慣行すべてを覆したいとも思うのも無理はない。かつて銀行の営業時間は短く、休日も多かったが、メトロバンクは年間362日、平日は1日12時間、土曜日は10時間、日曜日は6時間営業する(休業はクリスマスとイースター、元日だけだ)。

 銀行と言えば対応が遅く、長蛇の列で悪名高い。ところがメトロバンクは、新規顧客の口座開設、すぐに使えるデビットカードの発行、オンラインバンキングへのアクセスといった手続きを15分以内で、しかも来店客に書類を書かせず実現している。当座預金口座の開設にもATMカードの作成にも手数料はかからない。多くの銀行ではほとんど見かけなくなった貸金庫や硬貨計数機などの設備にも投資を惜しまない。

 ミルトン・キーンズから南に1時間ほどの町スラウには、イギリス初のドライブスルー店がある。あまりに画期的だったため、オープン時にBBCが取り上げたほどだ。2015年10月には、スラウの東へ30分ほどのサウソールに2店舗目のドライブスルー店がオープンし、またも注目を集めた。

 何より驚くべきは、メトロバンクには本当の意味で新しいものは何もないという点だ。実のところ、バーノン・ヒル自身が数十年前にアメリカで作ったビジネスモデルを、でそっくりそのままイギリス再現したのである。

 ヒルは1973年、26歳のときにコマースバンクを設立した。当時は従業員も少なく、資本金は150万ドル、店舗はニュージャージー州南部の1店のみだった。35年後、カナダのTDバンクに85億ドルで売却された頃には、フロリダ州からメイン州まで各地に支店を持ち、金融業界の競争が激しいニューヨークでも注目される国内有数の銀行に成長していた。

「一流企業はみな、自社が取り組む事業を再定義している」とヒルはよく言う。コマースバンクがアメリカ東海岸各地で行ったことである。何も最先端技術や斬新で過激なビジネスモデルに頼ったわけではない。「リテールテイメント」(小売りとエンターテインメントを交えた体験)を、退屈で刺激のない金融業界に持ち込んだのである。楽しさ、面白さ、驚きが、顧客の来店を促す。顧客は子連れでやって来て、スタッフと馴染みになる。オンライン取引の時代に逆行する動きだ。

 ヒルらコマースバンクの幹部は、自分たちは金融サービス業界の「異端児」として勝負していると冗談めかす。彼らのやり方がどんなに強力で有効だったかは、結果を見れば明らかだ。手法も文化も独特で、他の銀行や競合は真似ようともしなかった。新しい考え方や斬新なソフトだけではなく、常識や旧来の価値観をも原動力としていた。

「異端児」は、今や大西洋をまたいで活躍の場を広げている。ニューヨークで展開したコマースバンクのビジネスモデルを海外向けに発展させ、最初は首都ロンドンで、さらにロンドンから2時間圏内の都市や町に展開した。

 メトロバンクはにわかに注目を集め、疑い深いイギリスのメディアさえ、悪習慣やお粗末なサービスが蔓延する業界に新風を吹き込んだと、ヒルをもてはやした。ヨーロッパ市場や金融企業を取材するマイク・バードはホルボーン支店に足を運び、「新銀行に口座開設 驚きの体験記」と題した記事をまとめている。

 ヒルは現在、成功するための斬新な戦略や大胆なルールから学びたいと願うビジネスリーダーに向けて、精力的に講演活動を行っている。相棒のマスコット犬ダフィールド卿は、創業者に負けないほどの人気者だ。頻繁にメディアに登場するだけではなく、名刺やツイッターのアカウントまで持っているらしい。

<第2回に続く>