「タタグループの上場は予想できた。だが、それがタタ自動車とは思わなかった」

 インドのタタ財閥傘下のタタ自動車が東京証券取引所に日本預託証券(JDR)で上場するとの報を聞き、ある業界関係者は唸った。

 JDRとは、預託証券(DR)の日本版。預託証券とは、自国の規制により海外の証券取引所に株の売買による直接上場ができない企業が、海外市場で株の代わりに流通させる証券のことである。

 いわば“株もどき”だが、これを発行すれば、アジアなどの新興国企業は日本でほぼ株と同じように資金調達が行なえる一方、日本の個人投資家も日本の証券会社を通して、成長力のある新興国企業への投資が円建てで可能となる。

 冒頭のようにタタグループの東証上場は、早々に予想されていた。その理由は明白。昨年7月、インド投資の成功者、スズキの鈴木修会長を団長とする視察団が訪印し、同行した甘利明経済産業相や東証の西室泰三会長らがタタ財閥にJDRの活用を熱烈に訴えていたからだ。

 そもそもJDRは、日印の両政府による幹線道路などのインフラ整備「デリー・ムンバイ間産業大動脈構想」のための資金調達法の一つとして日本側がインド側に提案したもの。

 経産省にとっては、産業振興策に結び付く。相次ぐ外国企業の撤退に悩む東証にとっても新興国企業を呼び込む切り札になりうる。タタも知名度向上と資金調達に役立つ。よいことばかりに思える。

 だが、「単純には喜べない」(冒頭の業界関係者)という声もある。

 というのも、JDRが普及すれば、外国企業による三角合併(株式交換を使った企業買収の一つ)も容易となるからだ。

 完成車メーカーは非現実的でも、タタが技術力強化のために、日本の自動車部品メーカーを買収するのなら、ありうるからだ。

 タタ財閥は昨年9月に、傘下の自動車部品メーカー、タタオートコンプシステムズ(TACO)の日本支社を設立したばかり。今年3月に買収を表明したジャガーやランドローバーのマーケティングのほか、IR活動も必要になるため、「早晩、タタ自動車は日本に拠点を設ける」と多くの関係者は見ている。

 もしかしたら、インドでタタ自動車と激しい競争をしている鈴木会長こそ、心中はより複雑かもしれない。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 山本猛嗣)