橘玲の世界投資見聞録 2017年5月25日

インドのカースト制度は「人種差別」。
カースト廃止を望まない被差別層もいる現実
[橘玲の世界投資見聞録]

 インド社会を体験したときに日本人がもっとも戸惑うのはカーストの存在だ。「中進国から先進国を目指す経済大国になったインドにもうカーストは関係ない」との意見もあれば、「カースト差別はますます厳しくなり、インド社会を蝕んでいる」との主張もある。

 カースト制をどのように理解したらいいのだろうか。ここではそれを考えてみたい。

デリーの大道芸人                               (Photo:©Alt Invest Com) 

 

カーストによる職業分業は共同体を安定させるための知恵

 インド旅行で驚くのは、レストランに女性の従業員がいないことだ。イスラーム圏では若い女性は既婚・未婚にかかわらず人前に出てはいけないとされているため、レストランやカフェにはウェイターしかいないが、厨房では女性が料理をしていることも多い。インド(ヒンドゥー教)では女性の顔をヴェールで覆うような習慣はないが、ウェイトレスはもちろん女性が厨房で料理をつくることもない。

 高級ホテルのレストランでは美しく着飾った女性が受付にいるものの、彼女たちの仕事は客をテーブルに案内することで、料理を運んだりはしない。いちど、受付の女性が水を持ってきてくれて珍しいなと思ったが、観察していると、彼女が案内と同時に水の入ったグラスをテーブルに置くのは外国人客だけだ。明らかにインド人とわかる場合は、ウェイターがトレイにグラスを載せて彼女のあとをついてくる。

 これはヒンドゥーの“浄”と“不浄”の文化からきている。最高位のカーストであるブラフミン(バラモン)はもっとも浄性が高いが、それは不浄のものに触れると穢れてしまう。

 浄と不浄は厳密に決められており、もっとも不浄なのは体外に排泄されるものだ。ここから月経中の女性は不浄であるとされ、その女性が触れた水や食べ物も不浄で、それを飲食することで浄性が穢れるという観念が生まれた。さらに、女性が月経かどうかは外見から判別できないため、見知らぬ女性が触れた飲食物はすべて忌避されることになった。これが、インドのレストランに女性従業員がいない理由だ。

 「女性の穢れ」という文化はインドに特有のものではなく、日本でも神社仏閣には女人禁制のところがあるし、大相撲の「神聖な」土俵に女性知事が上がることをめぐって紛糾したこともあった。「伝統」という美名でごまかされているものの、その理由は女性が「不浄」だからだ。

 しかしだからといって、日本では、カフェやレストランでウェイトレスが持ってきた飲み物や料理を「穢れている」と感じるひとはいないだろう。インドの特徴は、この「穢れ」の感覚が社会のすみずみまで徹底されており、街の飲食店はもちろん外国人客の多いレストランやカフェ、さらにはホテルのバーですら女性従業員が排除されてしまったことにある。

 インドのレストランのもうひとつの特徴は男性従業員がやたらと多いことだ。これにも理由があって、カーストの低い者が触れた飲食物は穢れており、浄性が落ちるとされている。そのため本来は、料理をつくるのも運んでくるのも高位カーストでなければならないことになる。

 とはいえ、さすがにこれは現実的ではないから、都市部の飲食店では厨房の料理人のカーストまでは気にしないだろう。だがウェイターの場合は、誰が高位のカーストで誰が低位のカーストかが一目瞭然になる。ゴミや食べ残しに触れるのは低位のカーストだけなので、同じウェイターが客に食べ物を運ぶことは許されないのだ。

 こうしてインドのレストランはどこも、飲食物をサーブする係と汚れた皿を片づける係が必要になる(ゴミを拾ったり掃除をする係が別にいることも多い)。日本のレストランで1人でやる仕事を2人や3人に分けるのだから、必然的に、店は男の従業員で溢れることになるのだ。

 このことからわかるように、カーストには分業によってできるだけ多くの男に仕事を分け与える機能がある。女性は家庭で男に従属して生きることを強いられるが、これは労働市場から女性を締め出すわけだから、男性のあいだの競争率は下がるだろう。身分差別と性差別は、人口圧力がきわめて高い社会で共同体を安定させるための「工夫」でもあったのだ。

ムンバイのカフェ。店員はすべて男性                (Photo:©Alt Invest Com) 

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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