好きな作家のひとりにレイモン・ジャンというフランス人がいるのだが、彼の作品のひとつに『ふたり、ローマで』(新潮文庫、1990年)という中編小説がある。ページ数にして約150ページほどだからほんの二、三時間で読めるが、わずかな時間で読める作品にしては、奥が深いのである。

 銀行マンのブリュノには美しい妻と、十歳と二歳になる二人の可愛い子どもがいる……、にもかかわらず若い人妻イリスとローマに“W不倫旅行”に出かける。Wゲス不倫なのである。二人は、ローマで開催中のUEFA欧州選手権の決勝――、ローマ対リヴァプール戦をスタンドで観戦していた。

 ローマが三点目を入れて勝利を確実にすると、ローマサポーターは総立ちで歓喜の声を挙げるが、カメラマンはその群衆の中に、実に“絵になる”カップルを見つけ、フレームに収めた。それがブリュノとイリスなのだが、〈サッカー熱なのか、あるいは単に熱々なのか? 肩を寄せ合い、笑い、手を叩き、ときに抱きあっては、上機嫌と幸福に輝いており、要するに傍から見ても心楽しい眺めだった〉ため、カメラマンは二度もふたりを抜いた。

 この決勝戦の模様はヨーロッパ全土で生中継され、数百万人ものサッカーファンがテレビにかじりついて観戦していた。ブリュノの息子で、ブリュノ譲りのサッカー狂に育ったルノーもまたテレビ観戦していたひとりだった。そして、見知らぬ女性とスタンドで抱きあう父親を見つけるのである。

 ニースで開かれるユーロマネーのセミナーに出席しているはずのブリュノがローマで愛人とサッカー観戦していたことは、やがて妻のソフィーやその友人たち、義母の知るところとなり、一方、イリスもまた書店を経営している夫に不倫がバレてしまう。

 レイモン・ジャンの小説は、テレビ中継に映り込んだがために不倫がバレた二人と、それぞれの伴侶の“その後”の葛藤を描いているのだが、事実は小説よりも奇なりということなのか、小説と同じようなシチュエーションで、小説よりもショッキングな事件がロシアで起きていた。今年二月のことである。