対処可能なリスクだけを見る落とし穴<br />リスク論の視点から東日本大震災を考える<br />――三菱総合研究所研究理事 野口和彦のぐち かずひこ/1978年東京大工学部航空学科卒業後、三菱総合研究所入社。安全政策研究部長、参与を経て、05年12月より現職。専門分野はリスクマネジメント(安全工学、人間工学、危機管理)、科学技術政策。ISOリスクマネジメント関連規格日本代表委員。主な著書として『リスクマネジメント―目標達成を支援するマネジメント技術』(日本規格協会、2009年)等がある。

 東日本大震災では、1万5373人(6月16日時点、消防庁発表)の方が亡くなられ、発災から3ヵ月が経とうとしている時点でも7731人(同上)の方 が行方不明のままであり、避難者も14万2683人(同上)にのぼる。加えて、原子力発電所の災害は、世界中に衝撃を与え、日本の科学技術と安全に対する 世界の信頼も大きく揺らごうとしている。このことは、防災・安全に関しては自信を持っていた日本国民にとって、大きな衝撃であった。

 安全・安心社会は、国民生活の基盤であると同時に、産業においても日本ブランドの基礎を成すものであり、その回復と改善に向け国家レベルで迅速かつ継続 的な努力が求められる。

 東日本大震災では、「巨大津波への対応」、「原子力の安全対策」などに関する課題が明らかになったが、今回の震災の反省を「津波への対策」、「原子力発電所の安全性強化」という視点で終わらせてはならない。直接経験した事象に対する断片的な反省に終始する限り、将来、別のタイプの災害事象で大きな被害を受ける危険性を十分に排除できない。

 再び大きな被害を受けないためにも、東日本大震災に関する安全問題を、日本における安全、リスク対応の構造的課題が、大災害の発生という厳しい現実として突きつけられたという視点で、議論する必要がある。

 そこでここでは、リスク論の視点から今回の大震災が、われわれに突きつけた課題を整理してみたい。