認知症の人と対等な関係を

 日本の当事者運動の背中を押したのは豪州のクリスティーン・ブライデンさんである。豪州政府の重要スタッフで、30人の部下を抱えながら首相に最先端の科学技術についてアドバイスをしていた。1995年、働き盛りの46歳の時に認知症の診断を受け、退職。10代の娘3人のシングルマザーでもあった。

 その後、認知症の良き理解者と再婚。夫を単なるケアパートナーから、今では「イネーブラー(enabler」」と呼ぶ。イネーブラーとは、彼女独特の用語で「自分でできるように助ける人」のこと。「してあげる人」でなく、対等な関係を強調している。

 2013年に初来日し、翌年の京都市での認知症国際会議にも登壇して、体験を語った。以後、来日を重ね、その当事者としての切実な声が日本の認知症ケアの関係者の心を揺さぶる。

 こうした約20年に及ぶ豪州や日本での活動の軌跡がよく分かるのが4月に刊行された『認知症とともに生きる私――「絶望」を「希望」に変えた20年』(大月書店)である。

 各地での講演の中から、14編を集めて構成。ケアの考え方の変遷をたどることができて、興味深い。なかでも印象的なのは、高齢者施設を「牢獄」と呼び、敢えて「挑発」していることだ。それも、ケアの国家機関に呼ばれての講演である。

「意味のないアクティビティ」「スタッフ同士の大声のおしゃべり」「けばけばしい柄のソファやカーテン」など認知症当事者を不安にさせる具体例を上げながら批判する。

 著者は、これまで2003年に「私は誰になっていくの?アルツハイマー病社から見た世界」、2004年に「私は私になっていく・痴呆とダンスを」を執筆してきた。今回の新刊は、講演録だけに主張がストレートに表現されており、とても読みやすい。

診断前の人生を取り戻す

 同じ豪州人の看護師、ケイト・スワファーさんが著したのは『認知症を乗り越えて生きる――“断絶処方”と闘い、日常生活を取り戻そう』(クリエイツかもがわ)。

 サブタイトルの「断絶処方」とは、聞きなれない用語だ。自身で名づけ、商標登録するほど著者の思い入れは強い。認知症と診断された時に、医療や介護従事者から「仕事を辞め、勉強を止め、家に帰って残りの時間を生きなさい」と言われた、そのことを指す。つまり、診断前の人生を遮断、断絶することだ。

 著者はこの指示に真っ向から異議を唱える。「診断前の人生に関わり続け、診断前の人生を取り戻せ」と主張する。もっともなことだ。

 断絶処方は「非倫理的で不道徳」と切り捨て、これに肩入れするのは、「医学モデル」であり、「製薬業界も支持している」と断じる。

「症状を障害と認識」すべきで、「障害・社会モデル」こそが認知症がある人にやさしい考え方だと論じる。

 著者の発想は、デンマークで1982年に提唱された高齢者福祉の3原則を思い起こさせる。(1)自己決定、(2)残存能力の活用、そして(3)生活の継続性である。認知症ケアでは、この(3)が重要である。著者の「断絶」の回避は、生活の継続性そのものだろう。