認知症は治そうと思わず、受け入れること

 朝日新聞記者の生井久美子さんが著した『ルポ希望の人びと――ここまできた認知症の当事者発信』(朝日新聞出版)は、国内外の当事者たちを実に丁寧に訪ね歩いてまとめた渾身の一冊といえよう。

 日本で初めて、アルツハイマー病と名乗って公の場で話した茨城県取手市の女性から書き出す。豪州ブリスベンまで飛んでクリスティーン・ブライデンさんに会いに行く。当事者の国際ネットワークの代表の話を聞きにカナダのトロントにも。新聞記者ならではのフットワークだ。

 2004年の京都会議の模様も子細にレポートされ、当事者をつなぐ輪が次々に広がっていく様子がよく分かる。当事者運動の歴的な歩みをこれほど克明にたどった本はかつてなかった。

 その原点が実は乳がん体験者との出会いだったというのは印象的だ。専門家でなく、本人が発信することで、その後の医療を変えた。突き詰めれば、人権運動としてとらえねばならない。そんな著者のエネルギー源まで吐露される。

 こうした変化のうねりは、小説世界でもすくい上げられる。訪問診療を手掛けている医師であり、作家の久坂部羊さんが書いたのは『老乱』(朝日新聞出版)。

 78歳の認知症本人が自分の気持ちを語る形式がとても斬新だ。息子夫婦との会話のやり取りを描きつつ、本人の本音が綴られる。ふんだんに日記が登場して、心の内を読者に伝える。

 例えば「頭がボーとして、ゆーつな気分。ひるに何をたべたかおもいだせない」「歩くのがコワイ。足が前に出ない。紙おしめがヌレていてもわからない。こんなになるとは思てなかた。じぶんはダメ人間。めいわくで厄介なそんざいだ。せわばかりかけてもしわけない」。

 介護者の側からの一方的な描写に終始していた介護小説の定番を覆す。迷子になったところから始まり、精神科病院を経て有料老人ホームに入居、そして最後は息子の家で目を閉じる。

 幻覚を伴うレビー小体型認知症の発症から3年間の推移を医療者ならではの視点から見つめる。認知症の専門医が講演会で「認知症は治そうと思わず、受け入れることです。認知症を拒絶している限り、苦しみは増え、悩みは深まります」と話す。真っ当な判断であり、著者の言葉そのもののようだ。小説の域を超えて、認知症ケアのガイドとしても読むことができる。