ある社会起業家の苦悩
医療格差という問題に、オープンソースというアプローチで挑む

 圧倒的な経済格差を抱えながらも、経済は急成長を遂げつつある。華やかな側面ももちろんあるが、社会的な課題は深刻だ。行政も能力を付けつつあるが、すべての課題を網羅的にこなすことはできない。行政主導の問題解決を目指すのか、市場に委ねるのか、それとも新しい選択肢を創りだすのか。タイは、この3つの選択肢のどれをとるのか、迫られていた。

 この状況の中で、新しい問題解決を試行するのは、ホスピタルOSという「電子カルテ」を普及させた社会起業家、コンキアットだ。コンキアットは医療格差という問題にアプローチするため、「オープンソース」というアプローチを取った。新興国として注目され、それなりのインフラ・サービスが定着しつつあるタイとはいえ、地域間の医療の格差は根深い。金さえ払えば、首都バンコクで安心した医療サービスを享受できるが、地方ではそうはいかない。医療サービスを定着させるには、長年の医師育成の努力がかかせない。

 これに対して、コンキアットのアプローチはユニークだ。医師の育成に時間がかかるならば、経営の質を向上させればいいのではないか、というのだ。コンキアットは、基本のソフトウェアは無償で公開し、その導入やカスタマイズは有償で行うという戦略を取り、病院経営に入り込んでいった。いまや、カルテの管理だけではなく、病院の経営効率の改善すら手がけているのだという。

 先進国各地で、普及が望まれてやまない電子カルテが、タイでいち早く普及しつつあるのだ。ホスピタルOSは09年時点で25%のマーケットシェアを獲得し、7年間で97の病院と200の診療所に導入され、計100万人以上の患者データを管理しているというのだ。さらに、このオープンソース・ソフトウェアは各地で改良を加えられ、ネパールなどの近隣諸国で普及し始めている。