貧困の解決とエコビジネスを同時に実現する
「兎王」の正体

「成都にいるなら、『兎王』を訪ねなきゃね」

 北京で取材予定の起業家からメールをもらい、早速取材の準備を始める。そのためには、何よりもまず、携帯電話を使えるようにする必要がある。カンボジアで愛用していた「20ドル携帯」――夜に電気のない場所ではライトとして使える優れものだ――を中国でも使えるようにするためのセットアップから始めた。電話番号とセットになった「シムカード」と呼ばれる小さなチップを買わなければいけない。中国語でなんて言うのかよくわからないので、「シムカード! シムカード!」と適当な雑貨屋の前で叫んでいたら、番号のリストを出してくれた。縁起をかつぐ中国人は、番号の良し悪しで値段を変えるらしい。

 電話番号を手に入れ、指定されたスタッフに電話をかけた。迎えに行こうかと言われたが、メールで行き方を教えてもらい、バスで向かうことにした。金のある日本人が、どうしてそんな手間の掛かることをするのか、と取材相手にさえ不思議がられたが、現地の人々の生活を理解するには、現地の人々と同じやり方をするのがいい。

 こうして訪れた中国の「兎王」は本当に凄かった。貧しい農業者の副業として兎の飼育を広め、貧困を解決するというNGOだ。技術をまとめた本を出版し、計200万冊を売り上げ、40万人の弟子を持つという。弟子の95%は貧困を脱した。広大な国土と膨大な人口にふさわしい、圧倒的な規模のソーシャルビジネスだ。

 このビジネスモデルは極めて秀逸だった。兎を養殖し、食肉として流通させる一方、毛皮は加工用に出荷する(兎を食するのは中国南方の文化だ)。兎は繁殖力が強く、初期投資が少なくてすむ。その養殖方法を貧しい農民たちに一気に広め、投資が必要な加工・流通のための工場は自社で立ち上げた。資本投下の必要な機能は自社で引き受けながら、生産の部分を農民の副業としてアウトソースする。こうすれば、お互いにリスクをヘッジしながら、ビジネスを拡大させることができ、かつ規模の経済も達成できる。

 信じられるだろうか。これは、極めて合理的な戦略だ。まずは小資本で実験を繰り返し、高度なノウハウを開発する。そして、それを書籍や学校という形で一気に広める。その上で、加工工場をつくり、付加価値を飛躍的に増大させる。これは、欧米の先進事例にまったく劣らない、いや、むしろインパクトの点ではこちらの方が圧倒的かもしれない、それほどの事例だった。

 兎王はさらに、環境負荷の少ない繁殖方法を研究し、その実験事業もすでに手を付けていた。中国の辺境に、僕の想像をはるかに凌駕する社会企業のモデルがあったのだ。