タイにおける社会企業の実践と制度化
毎年20%の社会企業セクターの成長を目指す

 しかしながら、タイ国内において、社会企業は完全に新しいものというわけではない。特に健康、社会的融資、コミュニティ規模の再生可能エネルギー、新しいライフスタイルの啓蒙、そのほか多くの分野において、常に社会企業は存在していた。主要なプロジェクトの多くは、社会企業の戦略を自らの事業の維持・拡大に利用したもので、たとえばドイトゥン・プロジェクト (Doi Tung project) においては、アヘンを栽培していた山岳民族をコーヒーやマカデミアナッツの栽培や、民族風の手工芸品を作成するよう転向を図っている。ドイチュンはまた、そのような商品をバンコクやチェンマイといった大都市にある、人気もあって大きな市場まで届くよう、流通機構も構築している[訳注4]

 概念としての社会的企業はまた、タイ国王[訳注5]が目指す「自足的な経済発展」の指針を賞賛するものでもある。主な課題は、この分断された国民集団を、国全体として大きな影響力や拡張性があり、かつ持続可能なソリューションに統合し、成長させるか、という点にある。

 実際のところ、タイはすでに、イギリスから得た教訓を自国の公共政策に取り込み始めている。タイの首相補佐官、タイ社会企業促進委員会 (Thai Social Enterprise Promotion Commission) の委員、そして社会企業のプレイヤーなどで構成されるタイの代表団が、ブリティシュ・カウンシル (British Council) とのパートナーシップに基づき、イギリスを訪問した。社会企業に関連した公共政策や、民間主導の新しい取り組みが潜在的に持つ機会について学習するためである。

 そこで学んだ教訓は、現在では首相によって承認されているタイ初の計画、社会企業促進基本計画 (Social Enterprise Promotion Master Plan) 内に統合されている。この基本計画は、タイ社会企業促進局 (Thai Social Enterprise Promotion Office) の発足を提案し、三つの戦略的目標を達成することを目的としている。まず一点は、全国で社会企業に関する意識を高め、教育を行うプログラムを作成すること。次の一点は、法的・能力的な支援を提供すること。最後が、草の根レベルから都市においての活動にいたるまで、社会企業のあらゆる部門に対し、融資を受けることを円滑化すること。

 5年間にわたり毎年20%、社会企業セクターを成長させることが、この計画における見通しであり、可能であれば2014年にはGDPの2%に到達することが期待されている。基本計画は、国内の社会企業のおかれている状況や、シンガポールやアメリカなどの様々な国から学んだことに基づいて展開されているものの、主要な戦略はイギリスの内閣府第三セクター局、および同国の社会企業に関するプログラムと一致している。

[訳注4]このドイトゥン・プロジェクトは世界的にも注目され、アフガニスタンへのモデル移転を可能にした。
[訳注5]タイは立憲君主制を取り、国王の影響力が非常に強いことで知られている。

  社会企業の発展について、タイではまだまだ初期ではある。にもかかわらず、タイ政府を納得させ、このような比較的野心的な基本計画に乗り出させたのは、イギリスの社会企業セクターの発展における具体的な経験が、主な証拠として引用されたからであろう。
  福祉や富の再配分は機能しておらず、拡大する経済格差に苦しむタイ。だからこそ、タイは社会企業という「第三の道」をいち早く取り入れようとした。年10%弱の経済成長がすべての問題を解決してくれるかもしれない、という目先の夢を捨て、すでに新しい問題解決を模索している。だからといって、日本でも社会企業がすべての問題を解決する、という発想は早計だろう。しかし、我々がこれからどのような社会をめざし、社会の担い手として誰を育成していくのか。のろのろとした歩みを続け、何の意思決定もできない政府に、これからも解を求めることだけが答えではないだろう。
  今回紹介したスニットの論文。この文脈を日本に置き換えてみたとき、新しい可能性を感じないだろうか。

 

加藤徹生(かとう・てつお)
1980年大阪市生まれ。
経営コンサルタント/日中市民社会ネットワーク・フェロー。
学卒業と同時に経営コンサルタントとして独立。以来、社会起業家の育成や支援を中心に活動する。
2009年、国内だけの活動に限界を感じ、アジア各国を旅し始める。その旅の途中、カンボジアの草の根NGO、SWDCと出会い、代表チャンタ・ヌグワンの「あきらめの悪さ」に圧倒され、事業の支援を買って出る。この経験を通して、最も厳しい環境に置かれた「問題の当事者」こそが世界を変えるようなイノベーションを生み出す原動力となっているのではないか、という本書の着想を手に入れた。
twitter : @tetsuo_kato
URL : http://www.nomadlabs.jp/ (講演などのお問い合わせはこちらから)

 

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