本書がこれまでの哲学書と決定的に違う点

 続く第2章からは、IT(情報通信技術)革命、BT(生命科学)革命、資本主義、宗教、環境論といった個別的なテーマに沿って、現在進行形の議論が解説されている。監視社会化、人体の改変、資本主義のゆくえなど、現代社会が直面する具体的な課題を扱っているため、哲学書に触れたことのない読者でもとっつきやすい。

 特筆すべきは、これらの章には、科学者、社会学者、政治学者、経済学者など、狭義の哲学者以外の人物が数多く登場していることだ。この点は、これまでの現代哲学の入門書と決定的に異なっている。

 私は、著者の人選に大賛成だ。

<一方で情報通信技術の発展(IT革命)によって書物にもとづく「人文主義」が、他方で生命科学と遺伝子工学の発展(BT革命)によって「人間主義」が終わろうとしています>

 という言葉が示すように、現代の科学研究やテクノロジーの変化は、私たちの人間観そのものを問い直そうとしている。それは、これまでの哲学が探求してきたことだろう。

 近代哲学の幕開けを告げたデカルトは、当時の科学革命を担った科学者でもあった。

 カントもまた、自然学に強い関心を寄せていた。それを考えれば、現代ではさまざまな分野に哲学者がいて当然なのだ。

 著者の岡本裕一朗は、『フランス現代思想史』(中公新書)という本のエピローグで、哲学者や思想家の仕事を「思想のメガネ」を創造することだと解説していた。

 この説明は、哲学や思想の魅力をとてもわかりやすく伝えている。

「思想のメガネ」をつけて世界を見ると、今までとは違った風景が広がる。哲学・思想には、人々の物の見方を一変させてしまうような力があるのだ。

 本書はいわば、新たな時代を展望するための「思想のメガネ」のカタログ版だ。

 時代の転換期は、対処療法では太刀打ちできない難問が積み重なっている。そんなときこそ哲学の出番。暴挙ともいえる本書が刊行され、大勢の人に読まれていること自体が、そのことを強く物語っている。

文/斎藤哲也(さいとう・てつや)
1971年生まれ。編集者・ライター。
哲学・思想から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集や構成を手がけるとともに、書評・ブックレビューなども執筆。10万部を売り上げた『哲学用語図鑑』の第二弾、『続・哲学用語図鑑 ―中国・日本・英米(分析哲学)編』(ともにプレジデント社)も現在発売中。