「ほぼ日」の社内調査を担った社会学者が、組織らしくない「ほぼ日」の組織の謎に迫る連載の5回目。今回は、同社で異常に多く見られる「雑談」について。なぜこれほど雑談が重視されているかに迫る(調査は2015年6月から2016年3月までの10ヵ月間にわたって行われた。連載で描かれるエピソードは特に断りがない限り、上記期間中のものである)。

 前回は「ほぼ日」の組織に特徴的な、フラットさ(権限関係や規則の少なさ)からくる不便さやコストについて見てきた。フラットさ、それ自体には良い面も悪い面もある。だからこそ、そうしたフラットさで得られた組織内の自由度がどのように活かされているのか、そこが一番重要な点になる。

 今回と次回の2回はそこを解き明かす手がかりとして、オフィス内のさまざまな場面見られる雑談と、その役割に着目して書いていきたい。

「ほぼ日」において雑談は単に気軽な息抜きの役割を超えて、さまざまな機能を負っている。それは仲間同士の軽妙なかけあい、とっさの手助けなどを含んだ即興劇的な息抜きや情報共有であると同時に、個人の熱意の種を芽吹かせて企画に変えていく現場であり、さらには社員一人ひとりのキャラクターを磨き上げていくことで、将来、コンテンツへと転化する目論見を含んだ修練の機会でもある。

 そうした機能の複合性のためか、「ほぼ日」では雑談が会議にも入りこんでいる。それ以上に、会議それ自体が意図的な雑談であるような場面すらある。その意味で「ほぼ日」における「雑談」は、企画に求められる「動機」と同等に、この組織にとって核となる行為であり、営みである。

雑談を生むオフィス空間と商品

 第3回で少し触れたように、「ほぼ日」では自然発生的にあちこちで雑談がはじまる。数分で解散する立ち話から、場合によっては1時間ほど続く打ち合わせに近いものもある。

 オフィスにもそうした「ちょっと話す」ための空間が多く用意されている。たとえば、業務机が配置された空間の外周には高さ2メートルほどの木製のユニットが並んでいる。それらは、内にいる人にとっては外からの視線を適度にブロックする壁面として存在しつつ、外側から見ると小さなテーブルとイスを備えたミーティングスペースにもなっている。そのほかにも、ソファ席やオープンスペースに作られた階段などがよく使われているようだ。

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ちょっとした打ち合わせにも使われる、通称「家型会議スペース」
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ユニットの裏面は目隠しの壁面として機能している

 開発された商品にその影響が色濃く見えるものもある。2015年から発売されている、三脚を使うティーテーブルはその一つだ。

 商品紹介のページに発端として「小鳥たちがエサをついばみにやってくるバードテーブルみたいな、みんなで集えるティーテーブルがほしい。ピクニックとか、ちょっとしたミーティングにひょいっと持っていける、コンパクトでかわいいテーブルがほしい」と書かれている通り、止まり木にとまる小鳥たちのように、ちょっと立ち止まっては話をして解散していく社員たちの、社内の日ごろの習慣から発想された商品である。

 ある役員によれば、商品としては収益が上がりにくいものの、「ほぼ日」のブランドを表すものとしてラインナップに加えているという。こうしたオフィス空間の設計や商品からも、雑談が「ほぼ日」にとって重要な位置を占めているのがわかる[注]

[注]日米のオフィス空間を比較し、日本におけるオフィス空間に着目した研究の端緒として『オフィスの社会学』(GK研究所・榮久庵祥二、毎日新聞社、1983年)がある。