松本 まず、視聴者の隣に座って、カメラの動きを一緒に追う。カメラが砂漠を捉え、<サバンナだ>と視聴者が思うと、視聴者と同じ目線で「サバンナに、なにやらうごめくもの影があります」とナレーションを入れる。そして視聴者が、<あれは何だろう>と思っていると、同じタイミングで「何でしょうか」と疑問を投げかける。そして、今度は情報を提供する側に立って、「虎です、虎がいままさに――」と一気にたたみかける。

秋山 それから、「親鳥の懸命の抗戦もむなしく、ヒナはえじきになってしまいました」と視聴者の悲しみを引き出したかと思うと、「ヒナは5羽になりました」と極めて客観的な描写に転換するので、視聴者は無理なく「自然の営みだ」と思って番組について来られるんですよね。

松本 この場合も視点が二つあります。自然の営みを見守る“神の視点”と、“親鳥に寄り添っている自分”の二役ですね。そして間合いを測りながら、読者が悲しんで、悲しみに沈みすぎる前に切り替えることで救いが生まれる。視聴者が悲しみを反芻する時間、冷静になる時間を見越してちょっと先んじるくらいで、視点を切り替えるのです。もちろん映像と音響効果の上に語りを乗せていくので、ナレーションだけでその切り替えができるわけではありません。