どうしゃべろうではなく
どういう場面かを考える

秋山 役を切り替えるのは、こういう役で、という「ペルソナ」を設定してそれに合わせて演じていらっしゃるのでしょうか。

『心に届く話し方 65のルール』(松本和也著、ダイヤモンド社刊、定価:本体1400円+税)

松本 場数を踏んでいるうちに、勝手に切り替えられるようになります。新人の頃、視聴者が高齢者の番組で、先輩に「目の前におばあちゃんがいて優しく語りかけるつもりで」と言われました。それで、猫撫で声じゃないですけれど、声色を変えると「わざとらしい」と言われた(笑)。今度は、できるだけ自然にと思うのですが、どうすれば自然なのかわからなくなってしまって。

 かつて俳優の宇野重吉さんがアナウンサー室で講義をしたとき、「どうしたらよい声が出せるのでしょうか」という質問に「思えば出る」(笑)と答えたそうです。僕は落語が大好きなんですが、立川談志師匠も「どうやって落語に出てくるおかみさんや若旦那の役を演じるのか」と聞かれて「おかみさんの了見になる、若旦那の了見になる」と答えています。「了見」は普通は「考え」くらいの意味ですが、ここでは、おかみさんの「気持ち」や「人間性」や「ものの見方」や「立場」にすっと入る、切り替わるということだと思うんです。

 でもそれには経験が必要なんですよ。実際に取材でいろんな人を前にして、これくらいの速さで、これくらいの声のトーンだと相手に伝わりやすいと知る。あるいは、アナウンスで、NHKの大先輩アナウンサーである松平定知さん、三宅民夫さん、堀尾正明さんなどの話し方を真似するようにして、真似しきれなかったり、わざとらしくなったり、自然に話すということができなくなったりと、いやというほど失敗を重ねました。

 そうやってもがき続けて10年くらい経った頃でしょうか。ふっと余計な力が抜けて「どうしゃべろうか」ではなく「どういう場面なのか」を自然に考えていました。

「どういう場面か」を「思えば」それにふさわしい声が「出る」。親鳥の了見だったり、神の了見だったり、そういうものになれた。それからは立場や役割をすっと切り替えられるようになりました。

秋山 役割の話でいうと、「英語でしゃべらナイト」にレギュラー出演されていました。釈由美子さん、パックンと見事な連携でゲストの個性を引き出しておられました。真面目すぎず、バカすぎず、賢すぎない、絶妙なボケ具合が見事でした。