「ひとりの人間」として向き合えば、敵が味方になる

 それに、ひとりで交渉に立ち向かうからこそ、人間同士の付き合いが生まれます。
 お互いの覚悟をぶつけ合う。お互いにもてる人間力のすべてをぶつけ合うなかで、はじめて人間同士の信頼関係が生まれるからです。いつも大人数で交渉しているだけでは、絶対に生まれない関係が始まるのです。

 たとえ、当初は「敵」と言ってもいい相手であっても、です。もちろん、いつでもうまくいくわけではありません。喧嘩別れに終わることもある。だけど、ひとりで立ち向かうことで「敵」が「味方」に変わることさえあるのです。

 あれは、30年ほど前のことです。
 当時私は40代。すでにある程度ビジネス経験も積んで、気力、体力とも充実した時期でした。

 そのころ私が手掛けていたビジネスに使い捨てライターがありました。使い捨てライターは日本で発明されたものですが、それを商品として東南アジアに持ち込んだのは私です。日本のトップメーカーとマレーシアで合弁会社を設立して、製造販売を開始。マレーシアでも爆発的にヒットして、一時期は月産280万個を誇りました。

 当時はまだ、マレーシアへの輸入には40%もの関税障壁があったので、ライター事業はかなり楽でした。しかも、ライターは一個あたり3gの液化ガスが入っている危険商品ですから、どの航空会社も輸送を請け負わなかった。だから、隣国タイにも使い捨てライターの大きな製造会社があったのですが、いち早く現地生産にこぎ着けた私たちが、マレーシア国内でほぼ独占的にビジネスを展開することができたのです。

 ところが、ある時期から、なぜかタイ製の当社製品そっくりの模造品がマレーシアで流通するようになりました。調べると、すべて密輸品。マレーシアとタイは国境を接していますから陸路で密輸。高い関税を逃れてマレーシア市場に侵入していたのです。

 そこで、私はその事実をマレーシア政府に通告。密輸に関係している問屋に担当官庁の取締役官を派遣して、全部没収して罰金を払わせるべきだと主張しました。もちろん、違法行為ですから担当官庁はすぐに対応。しかし、それでも密輸は止まりませんでした。マレーシアとタイの国境線は長いので、抜け穴を見つけて入ってくるのです。見つけては取り締まり、見つけては取り締まりのイタチごっこが続きました。