新刊『心に届く話し方 65のルール』では、元NHKアナウンサー・松本和也が、話し方・聞き方に悩むふつうの方々に向けて、放送現場で培ってきた「伝わるノウハウ」を細かくかみ砕いて解説しています。
今回の連載で著者がお伝えするのは、「自分をよく見せることを第一に考える話し方」ではなく、「聞いている人にとっての心地よさを第一に考える」話し方です。本連載では、一部抜粋して紹介していきます。

相手が話し出すのを黙って待つ<br />勇気を持つ

「相手はきっとこたえてくれるはずだ」と信じる勇気

 会話しているとき、ふとした瞬間に沈黙が流れると焦ってしまうことってありますよね。なんとか話を弾ませようと思っているときにこうした沈黙が訪れると、なんだか気まずくて「自分から何かを話さなくては」と思ってしまうこともあると思います。しかし、この沈黙も使いようで相手の話をより深く聞き出せることもあるのです。

 前の節でご紹介したタイミングのいいうなずきなどのリアクションは、相手に気持ちよく話してもらうのに効果的な方法でした。沈黙は、より深い話やこたえにくいことを尋ねるときに効果を発揮します。

 NHKのアナウンサーとしてインタビューの仕事をしていた頃の話です。インタビューでは相手の話しやすい話題だけでなく、相手がこたえたくないことや心の奥にある深い思いを聞き出さなくてはならない場面もあります。そんなときは、相手に質問をしてもなかなかすぐにはこたえてもらえないことも多々ありました。

 若い頃の私は、そんなときは違う角度で聞いたほうがいいのではと思い、ついつい矢継ぎ早に質問をしてしまっていました。そうすると確かに答えは返ってくるのですが、自分が期待しているような深く、内容のある話や相手がそれまで見せていなかった本音のようなものは聞けませんでした。

 今思えば、あと少し黙って相手の話すのを待っていれば、きっとこたえてもらえたに違いないと感じます。でもそのときは、質問した直後の相手の沈黙は、本当に長く感じてしまいとても耐えられなかったのです。相手の答えが待てずについつい自分が話してしまう。こんな経験は、皆さんにもきっとあると思います

 実は沈黙に気まずい思いをしているのはあなただけではありません。話を聞かれている相手も同様なのです。的外れではないきちんと核心を突いた質問をされているのに、適当な答えを返しただけで平気で黙っていられる人は実はあまりいません。そんなときに大切なのは「相手はきっとこたえてくれるはずだ」と信じる勇気です。相手をしっかり見ながら「もっと深い話(または本音)を聞かせてくれますよね」という思いを持ちながら黙って相手の答えを待つのです。私の経験上ですが、きちんと質問をしたうえで腹を据えて待っていれば、必ずといっていいほど相手ももっと話してあげなければと思ってこたえてくれるものです。

 また、「自分の話したことをあなたにしっかりと受け止めてほしい」と相手が思っているときなどでも沈黙は役に立ちます。深い内容のある話は、そう簡単に納得したりリアクションしたりできるものではありません。心の中で反芻し、じっくり味わうだけの間が必要です。そんなときに調子よく相づちを打たれると話している人はどう思うでしょう?
「この人は自分の話を真剣に聞いてくれているのか?」と不審がられるおそれもありますよね。いい話を聞いたなと思ったら、少し長めの間(沈黙)をとるようにする。こうすることで、いい話の余韻のようなものも生まれ、話しているほうも心地よい間が生まれるはずです。

 このように、会話中に生まれる沈黙は怖いものでもありますが、ねらいを持って意識的に作り出す沈黙は、より深い会話を生み出すために必要なものです。勇気を持って沈黙を作るようにしてみてくださいね。

 

* 心に届く話し方ルール *
沈黙は、より深い話やこたえにくいことを尋ねるときに効果的

相手が話し出すのを黙って待つ<br />勇気を持つ

松本和也(まつもと・かずや)
スピーチコンサルタント・ナレーター。1967年兵庫県神戸市生まれ。私立灘高校、京都大学経済学部を卒業後、1991年NHKにアナウンサーとして入局。奈良・福井の各放送局を経て、1999年から2012年まで東京アナウンス室勤務。2016年6月退職。7月から株式会社マツモトメソッド代表取締役。
アナウンサー時代の主な担当番組は、「英語でしゃべらナイト」司会(2001~2007)、「NHK紅白歌合戦」総合司会(2007、2008)、「NHKのど自慢」司会(2010~2011)、「ダーウィンが来た! 生きもの新伝説」「NHKスペシャル」「大河ドラマ・木曜時代劇」等のナレーター、「シドニーパラリンピック開閉会式」実況など。
現在は、主に企業のエグゼクィブをクライアントにしたスピーチ・トレーニングや話し方の講演を行っている。
写真/榊智朗