今回は、スタンフォード大学の機械工学部で、エバーノートの創業者で元CEOのフィル・リービン氏が、自らの起業とリーダシップ、後継者選びについて取り上げたケーススタディである。テクノロジー・スタートアップが急成長し、企業として成熟していく過程で起きる経営問題を見事に言い表している。

リービン氏はエバーノートを退いてから、新しいタイプのAIスタートアップ・スタジオ「All Turtles」を創設し、起業家が開発に専念できる環境を作った。All Turtlesは、サンフランシスコのほか今秋に東京、さらにパリにも設立する予定である。また、この講義でリービン氏が紹介している日本の「金継ぎ」(きんつぎ)は、割れた器を漆と金属を用いて修復する技法だが、失敗が新しい価値を生むことを意味し、リービン氏の新たな出発にも、スタートアップのあり方にも通じるものである。

(以下・講義の内容)

 日本では、家に代々伝わる大切な食器が壊れると、それは不運とは捉えられません。方法さえ知っていれば、新たな機会にもなるからです。破片を集めて「金継ぎ職人」のところへ持っていけば、大切に修理してくれます。壊れた部分が銀や金が蒔かれた漆で継がれ、食器はより優れた芸術に昇華されて戻ってきます。使われ、壊れ、修理されたということが、そのモノの重要なアイデンティティになり、当初よりもはるかに豊かで意味あるものになっているのです。

「100年スタートアップ企業」を宣言

エバーノートで歩んだ私の道<br />――フィル・リービン氏が大学講義で語ったこと元エバーノートCEOのフィル・リービン氏と、“金継ぎ”された愛用のスターウォーズ柄マグカップ

 私は、日本の金継ぎという考え方が好きです。これは、何かを耐脆弱的にする方法と言えます。2009年に東京でエバーノートを「100年スタートアップ企業」にすると宣言したのも、それに感銘を受けたからでした。「100年スタートアップ企業」とは、長期にわたって恐れることなく、常にイノベートし続ける企業のことを指しています。それを人々の前で話す際には、私自身が100年い続ける予定はないので、私自身の仕事は次のCEOを見つけることだとよく言っていました。そう話すのは楽しかったですが、それが6ヵ月後のことなのか、あるいは20年後のことになるのかは、いつも考えていました。

 エバーノートは、ステパン・パチコフが率いる会社と私の会社が合流し、2007年にカリフォルニア州サニーベールで創業しました。顧客企業の仕事を請け負う仕事を何年もやってきた後、われわれは自分たちのために何かを作りたいと願うようになっていました。夢は、外部化された脳を作って、何百万人のユーザーを賢く、楽しく、生産的にすることでした。最初から、クラウド・ストレージやイメージ処理、スマートフォンのアプリなどを作って賭けに出ました。これが功を奏し、6年後には1億人以上のユーザーと400人以上の社員、そして世界で13箇所のオフィスを構えるまでに成長しました。

 2014年のこと、ゴープロの創業者兼CEOであるニック・ウッドマンとピクニック・テーブルで隣り合わせました。彼は私に、まだCEOが楽しいかと尋ねました。その時、もはや楽しんでいないことを自覚したのです。エバーノートは、私が楽しみ没頭できる規模をすでに超えていたのです。製品やイノベーションよりも、会社の成長や経営、人事、ロジスティクスなどの仕事に骨を折っていました。今から振り返ると、社員が250人を超えたころ、つまり全社員の顔がわからなくなったころから、これが楽しみではなく、仕事のように感じられたのです。

「その歳になると、楽しめないことはやるべきじゃない」とニックは言いました。「好きでなければ、おそらくそれがうまくできないだろうし、それはあなた自身にとっても会社にとってもよくないから」。確かにそうだと思い、役員会に継承計画については話すことにしました。