著しい経済成長とともに、ファッションへの興味・関心が高まっている中国。ここ数年、都市部ではスーツを着用するビジネスマンが急増している。そうした人々の需要を敏感に捉えているのが、毛織物など衣料原料のメーカーであり、アパレルブランド「ニューヨーカー」(NEWYORKER)などを展開するダイドーリミテッドだ。同社はおよそ15年前に中国へ進出し、現在、工場5ヵ所、販売店は18都市で40店舗を展開。そして、昨年からはおしゃれをしたい若い世代向けに、オーダーメイドスーツを販売する「ミリオンクラブ」をオープンさせている。そもそも中国進出といえば、「コスト削減」を目的に人件費の高い日本から生産拠点を移すケースがほとんどだが、同社が15年前に進出したその理由は、なんと「高品質」を求めて。中国での低品質な商品に悩むメーカーが多いなかで、なぜあえて海を渡ったのか。田口正幸社長に中国進出の真意を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林恭子)

もはや日本では「高品質」を維持できない!?
日本での利益を捨て、工場を中国へ完全移転

――御社は糸づくりから縫製、そしてアパレルブランドの販売までを一貫して行うSPA(製造小売り)体制を取っており、現在、中国に生産拠点を5ヵ所お持ちだと伺いました。

目的は「コスト削減」ではなく「高品質の追求」!?<br />脱日本、中国進出を選んだアパレルメーカーの決意<br />――ダイドーリミテッド田口正幸社長に聞くダイドーリミテッド・田口正幸社長/1957年東京都生まれ。81年大同毛織物株式会社(現ダイドーリミテッド)入社。紳士服販売、ダイドーユニオンを経て2002年上海へ。05年大同利美特(上海)有限公司総経理、10年取締役副社長兼大同利美特(上海)有限公司董事長。11年6月より現職。

 中国への思いをめぐらせていたのはかれこれ50年前にさかのぼりますが、実際に進出へ動き始めたのは30年前になります。「ミリオンテックス・Z」という当社が製造する高級毛織物や、アパレルブランド「ニューヨーカー」などの縫製技術の品質維持が目的でした。その頃の当社は日本で1、2位を争う毛織物メーカーとはいえ、毛紡績産業自体は労働集約型産業そのもの。若くて目が良い、手作業のできる器用な従業員が必要にもかかわらず、国内で地位を高めていたITやエレクトロニクスなどの産業との人材獲得競争に太刀打ちできない状況に陥り、「日本では高品質を追求できなくなる」という危機感が募りました。

 そんななか、1987年に中国政府から国営の毛紡績工場3社に対する技術指導の要請を受け、同年から6年間、技術指導をすることになりました。この技術協力を足がかりに1992年から中国への移転を開始し、経済発展が著しい上海松江に工場を設立。そして、1996年には、10以上あった日本の工場をすべて閉鎖し、完全に中国へ移転しました。

 当時は日本での生産で十分に利益が出ていましたし、既に中国進出した他企業の多くが失敗していましたから、経営と組合の関係は「品質を求めて中国へ進出するなんておかしいんじゃないか!」などという声があがるほど喧々諤々としていました。しかし、このまま日本に留まっていてはもはや技術を守れません。最高のものを作ってお客様に提供するというのが創業以来の当社のセオリーでしたから、当時の判断は絶対に間違いではなかったと信じています。社員たちの血と汗と涙が交じった中国移転だったと言っても過言ではないでしょう。

 現在も技術を守るために日本での生産を続ける企業もありますが、トップの技術力はもはや海外に流出してしまっていますし、逆に海外に行ってこそ技術を守れることもあります。高品質な商品をお客様に届けるためにも、日本という小さな場所にこだわっていてはいけないのではないかと私は考えています。