「回してみますか?」のひと言で客が石臼を回す
自ら挽いた粉で作られた蕎麦掻きはまさに絶品

 前菜の前の蕎麦掻きの饗応には驚くかもしれない。亭主から「手挽き臼を回してみませんか」と声が掛かるのだ。

 京都の石臼造りの達人によって、「はなれ」の開店に合わせて製作された臼は、とても滑らかで、素人でもスムースに回すことができる。臼を回すことの楽しさに、誰もが心を躍らせるはずだ。

新富町「流石 はなれ」――目の前で亭主が自分だけのために蕎麦を打つという贅沢(写真左)古からの手挽き臼で粉挽き、客を待つ。蕎麦掻きの粉は客自らを挽くこともできる。(写真右)ふっくらした蕎麦掻き。葱と塩の薬味でいただく。蕎麦の風味が強く香る逸品。

 客が自ら挽いた蕎麦粉は、類い稀なる蕎麦の香りをのせた、ぽってりした蕎麦がきになってカウンターに運ばれる。この時、いつの間にか自分たちの会話が心地よく響いている。人をうらやまない、他人を攻撃していない、すこし建設的になっている心根があることに気付く。外界を離れた処のなせるものかもしれない。

 それが隠れ家の本来のもてなしのなせる技で、天才利休の「市中の山居」が真に求めたものかもしれない。

亭主との会話を楽しみながら
目の前で打たれる蕎麦を見る贅沢な時間 

 さて、いよいよお待ちかねの面前での蕎麦打ちだ。

「蕎麦を打っている間でも遠慮はいりません。何でも聞いてください」と矢守さんは言う。

新富町「流石 はなれ」――目の前で亭主が自分だけのために蕎麦を打つという贅沢自分たちだけのために蕎麦を亭主が丹念に打ってくれる。およそ3人前の蕎麦を15分程度で仕上げる。会話しながらの楽しいひと時だ。

 その柔和な顔のためか、ひと一倍若く見られる矢守さんは、「もう少し貫禄があれば……」と気にするが、逆に客はそのほうが気楽になれる。蕎麦の初歩的なことや、こだわり親父には怖くて聞けない質問ができる。

 矢守さんの手先を見ていると、実に簡単に蕎麦を丸めてしまう。蕎麦切りも客と話しながら、いとも簡単にやってしまう。