野村證券の社長を決めるのは前任者ではない、「時代が選ぶ」Photo by Yoshihisa Wada

日本を代表するグローバル金融サービス・グループである野村ホールディングスの構造改革が加速している。けん引してきたのは永井浩二・グループCEOだ。社員による情報漏えいという不祥事をきっかけに野村證券の代表執行役社長を兼務しての改革だった。そのリーダー論や組織改革への思いを語ってもらう。

どんな資質があればトップになれるのか

 記者会見などでは前任のトップから、なぜ新トップが選ばれたのかの表向きの説明がなされる。しかし本当のところはよくわからないものだ。どんな資質やスキルセットがあればトップになれるのか。それがわかれば、若い人たちももう少し勉強のしようもあるだろうが、実際のところはよくわからない。

 私は2012年に野村證券の代表執行役社長になり、同じ年の8月には野村ホールディングス代表執行役グループCEOを兼務することになった。野村證券社員による公募増資情報の漏えいに絡み、前グループ代表が辞任したからだ。

 今はひたすら、必死でトップの職を務めている。何年かは分からないが、任期を終えて振り返ることができる時期がきたら、「私がCEOになれたのはおそらくこういう理由で、こんなことを求められていたのではないか」と思えるのかもしれない。それに対して自分で何点付けるかも想像すらできない。今は必死にやっているだけだからだ。大方のトップが似たようなものであると思う。

 ただ、トップのありように関していまだに忘れられない話がある。

 野村證券は、1997年に当時の酒巻英雄社長が辞任した。その後を受け継いだのは鈴木政志さんで、鈴木さんはたった48日間だけトップを務めて氏家純一さんを社長に指名した。ご自身は“選挙管理内閣”だと割り切っておられたのだ。

 この人事は、当時の私には意外なものだった。氏家さんは、米国野村の社長を長年務めた海外畑の人で、いわば当時の野村の保守本流である国内リテール部門を一度もやったことがない。しかし鈴木さんは、断固として氏家さんを推し、自分はあっさりと身を退いた。

 それから数年後のこと。私は鈴木さんと飲んだ。そのとき、「なぜ氏家さんを選んだのですか」と鈴木さんに尋ねると、「おお、あれか。あれは俺が選んだんじゃないんだ」と言うではないか。私はびっくりしてしまった。