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原英次郎の「強い中堅企業はここが違う!」 トップに聞く逆境の経営道

日本が誇る医療機器のオンリーワン企業!
マニーの松谷会長に学ぶ「失敗を生かす力」(前編)

原 英次郎 [週刊ダイヤモンド論説委員]
【第1回】 2009年4月24日
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世界同時不況で、自動車、エレクトロニクスなど日本を代表するビッグビジネスは需要の大幅な減少に見舞われ、赤字に転落する企業が相次いでいる。その一方で、かつてないほどの事態の急変を受けても、しぶとく踏みとどまっている中堅企業も多い。本連載ではそうした中堅企業を取り上げ、トップに「経営する心」を聞く。大変動のときこそ、目先の業績変動を超えた経営の奥底に、時代の荒波を乗り越えるヒントが隠されているからだ。

第1回目は、ジャスダック上場の医療機器メーカー・マニーの松谷貫司会長。同社は栃木県宇都宮市に本社を置く。手術用縫合針、各種の手術用機器、歯科医療用機器がメインの製品だ。前2008年8月期の売上高は約88億円、営業利益は34億円で、営業利益率は実に40%近くにも達する。今09年8月期も、この環境悪の中で売上90億円、営業利益34億円弱と、前期並みを目指す。

本社は宇都宮駅からさらに車で20分ほどかかる工業団地の中にある。医療用機器のメーカーらしく、チリを落とすエアシャワーの中を通って応接室へ。松谷貫司会長のインタビューで、まず強く印象に残ったのは失敗の教訓である。失敗を次に生かせとは、よく言われることだが、これが実践されている企業は少ない。

マニー 松谷会長
松谷貫司(まつたに かんじ) マニー株式会社 取締役会議長兼代表執行役会長 

松谷会長:うちは53年前に、手術用の針の製造からスタートしました。創業時はアイドニードル(針)という目(糸を通す穴)のある針です。それから10年ほどして糸メーカーに売るアイレスニードルを始めました。これは目のない針というか、縦に穴のあいた針です。当時、うちは下請けでうちの針は全て糸メーカーが糸をくっつけて完成品にして、医療機関に収めていた。製品としては眼科用が先で、歯科用が後ですが、歯医者さんから「どうして完成品を持ってこない」と言われる。うちとしては、お客さん(糸メーカー)の仕事を取ることになるので、慎重に事を進めました。「歯科は需要が大きくないので、歯科だけはうちでやらせて欲しい」と。それで完成品を始めたわけです。

 15年前には、眼科用も同じように、糸メーカーの許しを得て完成品を始めました。この針はヒット商品になり、発売後3年から5年で、国内のシェアが30~40%にもなりました。それでいい気持になっていたら、大変なことが起こったのです。目の手術革命です。

 白内障などの治療のためには、手術をして眼内レンズを入れるわけですが、硬いレンズではなく二つ折りにできる柔らかいレンズが開発されたのです。そうすると6ミリの幅で切っていたものが、3ミリでいい。3ミリだと縫う必要がないので、針と糸はいらない。眼科から撤退かという話にまでなったのですが、3ミリでも切り口がきれいでないと縫わなくてはいけない。そこで眼科用ナイフに参入することを決めたのです。

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原 英次郎 [週刊ダイヤモンド論説委員]

1956年生まれ、佐賀県出身。慶應義塾大学経済学部卒。
1981年東洋経済新報社に入社。金融、証券、エレクトロニクスなどを担当。
1995年『月刊金融ビジネス』、2003年4月『東洋経済オンライン』、
2004年4月『会社四季報』、2005年4月『週刊東洋経済』の各編集長などを経て、2006年同社を退社。
2010年3月ダイヤモンド・オンライン客員論説委員、2011年10月編集長、2015年1月より現職。
主な著書に『銀行が変わる?!』(こう書房)、『素人のための決算書読解術』(東洋経済新報社)。

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世界同時不況で電機・自動車など日本のビッグビジネスが軒並み崩れる中、しぶとく踏み止まる中堅企業がある。経営学の教科書からは学べない「逆境の経営道」をトップへのロングインタビューで探る。

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