「個人情報保護」の時代、メディアはつい「安易な匿名報道」をしてしまっていないか。テレビのニュース番組には、あたりまえのように「首から下」だけを映した人物のコメントが「街角の声」として流されている。果たしてこれは健全な状況と言えるだろうか? プライバシーへの配慮は欠かせないが、日本のメディア報道は歪んでいないか? 最新刊『頼るな、備えよ――論戦2017』が発売された櫻井よしこ氏が語った。

情報公開の是非を検討するのは、
「警察」ではなく「メディア」の役割

櫻井 よしこ
ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業。「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局員、アジア新聞財団「DEPTH NEWS」記者、同東京支局長、日本テレビ・ニュースキャスターを経て、現在はフリー・ジャーナリスト。1995年、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』(中公文庫)で第26回大宅壮一ノンフィクション賞。1998年、『日本の危機』(新潮文庫)などで第46回菊池寛賞を受賞。2007年、「国家基本問題研究所」を設立し理事長に就任。2011年、日本再生へ向けた精力的な言論活動が高く評価され、第26回正論大賞受賞。2011年、民間憲法臨調代表に就任。著書に『頼るな、備えよ―論戦2017』(ダイヤモンド社)など多数。

どこまで皆で情報を共有できるか、どこまで事実を明らかにできるか──。これこそが比類なく大事な民主主義の基本である。

このことは、メディアが情報をどう扱うかという問題と表裏一体である。入手した情報をどう処理するか、プライバシーにまつわる特定の情報を公開するのか否かを含めて、情報の扱い方はその社会、あるいは国家の成熟度と知性の程を示す基準だと言ってよい。

私たちの社会は情報の共有と扱いにおいて、世界の常識のどこに位置するだろう。そんな問題意識で現状を見ると、日本はおかしなことだらけである。

たとえば、神奈川県相模原市の障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で元職員の植松聖容疑者(当時26歳)に殺害された被害者19人の基本的情報は、氏名を含めて公開されていない。神奈川県警が遺族の意見を聞いて、非公開としたのだ。上智大学教授の田島泰彦氏がその当否を問うた。

「情報管理者である神奈川県警にそこまでの権限を与え、メディアがまったく取材できない状況をつくり出してよいのか、疑問です」

氏名不詳では取材もできない。残虐非道な犯罪で命を落とした人々は、「数としての犠牲者」のまま、やがて忘れ去られていきかねない。というより、被害者が匿名であり続ければ、ほぼ確実に忘れ去られていくだろう。

大事なことは、このような犯罪によってどれだけ大事な命が失われたのか、障害を抱えながら一人ひとりの被害者がどれだけ一生懸命に生きていたのか、その一人ひとりが家族にとってどれほど大事な存在であったのか、家族はどのように寄り添い、そこにどんな苦労と喜びがあったのか、そうした具体的なことを、多くの人々にまず知らせることだ。人間としての共感があって初めて、一人ひとりの怒りや悲しみや希望がよりよい社会を築いていく力につながっていく。

多様な人々の多様な人生の大切さを報じるのがメディアの役割である。そうした役割と責任を果たすためには、すべての個人情報を隠してしまうという報道姿勢では駄目なのだ。