謎のインド人に出会った。

 初めてその存在を知ったのは昨年暮れ、東京のインド大使館で開かれたあるイベントに参加した時のことである。口ひげを生やし、がっしりした体格のインド人が壇上に上がると、聴衆は心なしか緊張した。

「インド人は生モノを食べません。全部、捨てます」

「???」 

「ナマステ~」

 会場に、ドッと笑いが起こった。改めてプロフィ―ルに目をやると、そこにはこう書いてあった。

「1998年、立川談志流に入門。『立川談デリー』として立川談志と漫才コンビを組む」

 だ、談デリー?

 これはタダモノではない――。

インドでは鶏肉が牛肉より高級品!?
「チキン」の魅力に取りつかれ、日本好きに

 2度目に彼を見かけたのは8月半ばのことである。代々木公園で開かれたインドフェスティバルの開会式で、彼は実行委員長をしていた。

 インドの民族衣装を身にまとい、野外ステージに颯爽と現れた彼は、あいさつの冒頭でこう言った。

「今年の夏は暑いですね、インド人もびっくりです」

 本名は、マルカスさんという。その後も、彼はやたらと達者な日本語で聴衆を笑わせ、ひきつけた。それもそのはずである。今から30年以上前、国立デリー大学の学生だったマルカスさんは、インドにある日本大使館情報センターで3年間、みっちりと日本語を学んだ経歴の持ち主だったのである。

「最初はフランス語を習うつもりだったのです」と、マルカスさんは振り返る。

 だが、申し込みが遅かったためにフランス語の学校には入れず、その帰り道、たまたま見つけた日本語講座の案内に吸い寄せられた。

「それが、なんとタダだったのですよ」

 初来日は1977年。日本語の最終試験に首席で合格し、そのご褒美として国際交流基金から招待された。

 その時に感じた一種のカルチャーショックは、大好物である「チキン」の思い出とともに、彼の脳裏に焼き付いていた。