「魅力的な素材」は料理しない

私は、「書く仕事」を求人募集のコピーライターから始めましたが、新人時代に誰もがやってしまいがちな、人材募集キャッチコピーの代表例があります。

「当社は、とてもいい会社です」

コピーライターになったとき、真っ先に当時の上司に言われたのが、「わかったようで、わからない言葉を使うな」ということでした。「いい会社」というのは、その典型例です。

その会社は事実として「いい会社」なのかもしれませんが、これでは人は動かないでしょう。「どのようにいい会社なのか?」が伝わらないからです。

では、書かなければいけないことは何でしょうか?

「5年間、社員が1人も辞めていない会社」
「有給休暇を毎年全員が100%消化している会社」
「社長が年度末に金一封をくれる会社」

読者が知りたいのは、そうした「具体的な独自の事実」です。
「いい会社」というのは、そんな魅力的な素材を、書き手が無理やりまとめてしまった「表現」です。

「素材」を「表現」にまとめようとすると、抽象的になる。
抽象的な表現は、読み手に伝わりにくいのです。

この、読み手に伝わらないものを平気で構築できてしまうということが、文章の怖さです。
「なんとなくわかるようで、実はよくわからない」という事態を、簡単に引き起こしてしまう。

しかも、それだけではありません。
無理に「うまい表現」や「魅力的な表現」を書こうとすると、ムダな時間がかかります。

「何か上手な表現はないか?」と、正解のない答えを頭の中から捻り出そうとしているわけですから、「あれじゃない」これじゃない」と悩んだり、手が止まったりして、なかなか文章が前に進まなくなります。

無理に表現しようとしないでいいのです。独自の事実、エピソード、数字、といった「魅力的な素材」を集めることができたのなら、料理せずそのまま差し出すように書いてあげたほうが、むしろ読み手にはスッと伝わります。そして、表現に悩むよりもずっと速く書くことができます。