素晴らしいジーニアス

 私は1970年代末に、フルブライト留学生として、先生のもとで自閉症臨床を勉強する幸運に恵まれた。先生は、出会い以来、私の生き方を方向づける崇高なロールモデルとなった。「お前は顔つきも弟そっくりだ」「昔ヴァイキングが日本に行ってお前のご先祖になったに違いない」「俺はヴァイキング、お前は将軍だ」、そういって可愛がってくださった。

 8歳のとき落雷で父を失い、母子6人が必死に貧困と闘った少年時代、大学進学や海外留学は夢のまた夢だった。ただ一所懸命だけの「心の奴隷」だった私を真に解き放って下さったのは先生だった。「英語がだめだ」と泣き言を垂れると、「俺もそうだ。いまでもノルウェー訛りさ。3、4年いれば自然に分かるようになる」と慰めてくださる。先生にくっついて学会に出かけているうちに、ノルウェー、スウェーデン、イギリス、アイスランドと、狭かった世界が少しずつ広がって行った。

「アウトレイジャス」ということばがある。「常軌を逸した」「べらぼうな」「極悪非道の」という意味である。彼は誰が見てもアウトレイジャスな巨人だった。もちろんこれには「見事な」「素晴らしい」という意味もある。先生はまさに常軌を逸した、とんでもなく素晴らしいジーニアスだった。そして18世紀イングランドのトーマス・グレイを愛唱する詩人であり、バイオリンを奏でる芸術家でもあった。

 ノルウェー生まれの先生が、現代のヴァイキングとして渡米し、ルターカレッジに留学したのは23歳のときだった。人より4年も5年も遅れたスタートだった。戦勝国アメリカはキラキラと輝いて見え、精神が高揚して睡眠は1日3~4時間もあれば足り、ミッキーマウス(楽勝科目)の単位をかき集めて、わずか1年で大学を卒業してしまったという。 

 それ以来先生は、エビデンスベースの科学の探究にすべてをささげ、驚くほどの業績を上げられた。そして昨夏ヴァルキューレに召され、オーデインの宮殿ヴァルハラの勇者エインヘリャルとなった。障害のあるなしにかかわらず関わった人々につねに挑戦し、最良のものを引き出し続けられた先生。その人間に対する限りない優しさを受け継ぎ、社会的に重要な行動の改善にさらに取り組むことが、応用行動分析家としての私たちの課題である。
 

110人に1人が自閉症スペクトラム障害と診断される時代に
[写真右] オレ・イヴァ・ロヴァス(1927-2010)『自閉症児の教育マニュアル』著者
1927年ノルウェーの寒村リールに生まれる。1951年、アメリカ合衆国アイオワ州デコラのルター大学卒業。同年、シアトルのワシントン大学大学院博士課程臨床心理学研究科に入学。同大学修士(1954)、同Ph.D.(臨床心理学1958)。さらに3年間、同大学児童発達クリニック講師として、応用行動分析学のパイオニアたちと交わり、新しい学問、応用行動分析学の研究に従事。
1961年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校心理学講師に招聘され、以来2003年まで教授職にとどまる。UCLAでは1962年以来、米国精神衛生研究所から科学研究費補助金を40年以上切れ目なく獲得して、自閉症治療研究プロジェクトに取り組み、将来大きな影響力を与える重要な論文を次々に発表した。応用行動分析学を臨床現場に普及させることに力を注ぎ、重要な治療マニュアルを開発するとともに、教育用のフィルムを製作、また国の内外で頻繁にワークショップを開催し、何百人もの参加者の前で、初対面の自閉症児に1対1指導のライブ・デモンストレーションを行った。ロサンゼルスに「ロヴァス早期介入研究所」(LIFE)を創設し、UCLAヤングオーティズム・プロジェクトの継承発展を図るとともに、全米各地に多くの支部を結成し、さらにイギリスやスペインや北欧などにも拡大して、応用行動分析による良質の治療サービスを提供している。その優れた業績に対して、エドガードール賞、アメリカ心理学会特別研究貢献賞、カリフォルニア州議会特別賞、グッゲンハイム・フェローシップなど、数多くの賞が与えられた。

[写真左] 中野 良顯 (なかの・よしあき)本稿筆者、『自閉症児の教育マニュアル』訳者
東京成徳大学大学院特任教授。NPO法人教育臨床研究機構理事長。NPO法人日本学校進路指導支援協会理事長。東京教育大学大学院博士課程修了(ガイダンス・カウンセリング専攻)。日本行動分析学会元理事長、筑波大学元教授、上智大学元教授。1970年年代初頭から約40年、自閉症児の教育支援に携わる。また、子どもたちに個人的・社会的能力を教え、思いやりの学校文化を育むピア・サポート・プログラムの開発と普及に取り組む。著書に、『こどもの上手な教え方(改訂新版)』(共著、NPO法人教育臨床研究機構)、『こどもの上手な教え方:課題集』(共著、NPO法人教育臨床研究機構)、『うつ病、パーソナリティ障害、不安障害、自閉症への対応』(共著、金子書房)、『よくわかる軽度発達障害』(共著、ミネルヴァ書房)、『ピア・サポート:豊かな人間性を育てる授業づくり』(図書文化)、監訳書に、『特別支援教育』(明石書店)、『自閉症を克服する:行動分析で子どもの人生が変わる』(NHK出版)など多数。