蕎麦打ち修行の後、料理修行を4年半、
ようやく自分の店のイメージが見えてきた

 素人判断では、蕎麦8割、つなぎ2割の決まったブレンドでそんなに変わるものかと不思議な気がする。だが、“ひとしずくの水”が、蕎麦の味に無限の宇宙を生み出すということなのだろうか。

 決定的なひとしずくの水は蕎麦を躍動させるものなのか。山田さんが打つ蕎麦は、まるでやわらかに踊っているように見える。ふわりとした風味を感じる。喉越しを楽しみながら、ゆっくりと味わいたい二八蕎麦だ。これが、山田さんがずっと追い求めてきた蕎麦なのだろうか。 

「安曇野・翁」での修業を終えた後、山田さんは悩んでいたという。安曇野を卒業した後も、自分のイメージする蕎麦屋の輪郭が思い浮かばなかったのだ。

「あの二八蕎麦は安曇野の雄大な景観にこそ相応しい。自分がその二八蕎麦を東京に持ち込んでも客は満足するかどうか不安があった。何か、プラスアルファが欲しいと思いました」

 そこで、山田さんは実弟の店に入り料理を2年半勉強する。さらに2年間、西麻布の創作料理の店での修行を経て、ようやく彼の蕎麦屋ができ上がった。

「開店して2年は創作料理でやってきましたが、昨年から料理人が参加してモデルチェンジしました」(山田さん)。

 新たに厨房に加わった料理人は、山田さんのかつての料理修業の同僚だ。また店はギヤを1段上げて走り始めた。

芝「案山子」――本格の和懐石と二八蕎麦に命を与える“ひとしずくの水”へのこだわりが客に感動を呼ぶ(左)前菜:胡麻豆腐とセットになった前菜。上から時計回りにとうもろこしの摺り流し、鱧の落とし、金糸瓜の浅漬け、ジュン菜の吸酢。(右)鱧:鱧の落としは熱湯に一瞬くぐらせて引き上げる。身が半生だから色合いがピンクで目にも美味しい。