元プライベートバンカーで、現在はフィンテック企業の経営者として金融情報に精通する著者が、その知識と経験を初めて公開する『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』がついに発売! この連載では、同書の一部を改変して紹介していきます。

今回から、富裕層の職業トップ3である、企業経営者、医者、地主を含む不動産オーナーの実態を紐解いていきます。

高齢「経営者」の最大の関心事は?

 日本の富裕層の3分の1を占める企業経営者。その多くにとっての最大の関心事は事業承継です。特に現在は団塊の世代の経営者が40代の団塊ジュニアに経営権を引き継ぐケースが増えているので、相続ビジネスは活況を呈しています。

 事業承継において想定される2大課題は「後継者の確保・育成」と「後継者への自社株の移転」。1、2代目の企業オーナーの典型的な資産構成は半分くらいが自社株で、3割くらいが不動産です。しかし、自社株も不動産も現金化しづらいものなのに相続税は現金で払わないといけません。これが富裕層にとって厄介なことなのです。

 事業を承継したい企業オーナーにとって、資産運用は贅沢な暮らしをするためではなく、「家族のために相続税の納付金をいかに確保するか」に収れんされるといっていいのです。

 何も対策を講じないと、後継者に十分な金融資産(現金や流動性の高い株など)がないので、相続税を支払うために親から引き継いだ自社株を泣く泣く売却するという最悪の事態が起きかねません。


若手「起業家」はキャッシュ貧乏

 前述したのは主に高齢の企業オーナーの話でしたが、新しい世代の経営者たち、いわゆる起業家になると事情も変わってきます。起業家は独身者も多いので、事業承継や相続に関する興味はあまり高くありません。

 また資産運用についても、自分の会社を成長させている最中なわけですから「投資するなら自分の会社に投資したほうが大きなリターンが見込める」と考えるのが普通でしょう。

 それに起業家は意外とキャッシュ貧乏です。
 私の知り合いの起業家は、現在の会社の時価総額が60億円くらい。彼はそのうち半分以上の株を持っているので、資産だけでいえば30億円以上ある計算になります。でも、その彼が自社株を売りまくっていたら投資家や社員たちから何を言われるかわかりませんので、流動性は著しく低いのです。

 特に会社の成長にお金を回したい起業家は自分の役員報酬も抑える傾向にあるので、なおさら現金を持っていません。

病院オーナーを支えるMS法人

「開業医」と聞くと、自分の病院にポルシェで乗り付けるような、いかにも順風満帆なイメージがあります。また、厚生労働省による「医療経済実態調査」(平成27年実施)でも、一般的な開業医の平均年収は2887万円というデータが出ています(一般診療所の院長の平均給料年度額)。

 しかし、見た目とは裏腹に、多くの開業医は悩みを抱えています。それは病院の承継です。一般的な会社の事業承継ですら難しいのに、病院の承継はさらに難しいのです。

 その理由は、医療法人ならではの高い相続税。
「株」ではなく「出資持分」という形で所有されていることが多い医療法人は、利益が出てもその剰余金を配当してはいけないルールになっています。つまり、病院を長く経営していれば剰余金がどんどん累積していき、出資持分の評価もつり上がってしまうのです。

 でも、いざ子供が病院を引き継ぐとき、相続税を支払うお金がないので病棟の一部を売るというわけにもいきません。結局は銀行で融資を受けて綱渡り的に相続税を払うか、それができないのなら最悪、他の医療法人に売却するしかないのです。

 なお、2007年に出資持分のある医療法人の設立は禁止されましたが、いまだに多くの病院が出資持分ありです。

 この由々しき問題に対応するため、開業医の多くは病院以外にMS(メディカルサービス)法人という別会社を持っています。

 MS法人とは病院内で働く事務スタッフの派遣をしたり、病院の土地や建物のオーナーとして病院に貸し出したり、病院内の売店や薬局の運営をしたりする会社で、あえて外部の会社にすることで病院から生まれる利益をできるだけ「外」に分散しています。
(MS法人については、『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』ではさらに詳細に解説しています。)

 本来であれば、もっとシンプルな仕組みのほうが管理は楽です。でも、自分が努力して築き上げた病院が一代で終わる危険を考えれば、それだけの手間をかけてもいいと思う開業医がほとんどです。

 MS法人を作ることのメリットは病院の評価額を下げるだけではありません。後継者や親族をMS法人で雇うことで、給与、配当、役員報酬といったさまざまな形で金融資産を家族に生前贈与的に分散させることができます(なんども言いますが、相続税の支払いにはキャッシュが必要です)。

 たとえば院長が1人だけ1億円をもらってしまうと所得税に最高税率が課せられます。でも、それを家族5人で2000万円ずつもらえば所得税も大きく圧縮できるのです。当然、勤務実態がなければいけませんが。

 先ほど開業医の平均年収が2887万円と書きましたが、世帯年収としてはその数倍はあるのではないかと推測できます。