元プライベートバンカーで、現在はフィンテック企業の経営者として金融情報に精通する著者が、その知識と経験を初めて公開する『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』がついに発売! この連載では、同書の一部を改変して紹介していきます。

今回は、世界的に有名なプライベートバンクと、大きく遅れをとった日本の富裕層ビジネスについて解説します。

知る人ぞ知る、
世界のプライベートバンク

 スイスだけでなく、世界にどのようなプライベートバンクがあるのかをご紹介しましょう。
『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』では運用資産残高トップ25を掲載していますが、ここではその一部の紹介にとどめます。)

 プライベートバンクの頂点に立つのはスイスのUBSです。その運用資産は、1.7兆スイスフラン(約155兆円)にものぼります。
 スイスは他にもクレディ・スイスジュリアス・ベアのほか、無限責任を負っている伝統的なプライベートバンカーのピクテロンバー・オディエがランクインしています。

 スイスもそうですが、税制上のメリットが大きい、いわゆる「タックスヘイブン」の国には必然的に世界中から資金が集まって来るため、プライベートバンクもたくさん存在する傾向にあります。

 投資銀行部門やマーケット部門などを有し、組織規模が大きいUBSとクレディ・スイスは聞いたことがあっても、ジュリアス・ベア、ピクテ、ロンバー・オディエといった銀行については本書で初めて目にする方も多いと思います。

 それもそのはず、この3行は投資銀行部門を持たない、プライベートバンキングビジネスに特化した生粋のプライベートバンクなのです。大々的に広告を打って顧客を集めるような業態ではないため、一般の人の目に触れることはまずありません。

 こうした富裕層の資産管理だけをおこなう専業銀行だけを「プライベートバンク」と呼び、UBSやメリルリンチのような銀行、証券、信託、保険会社などの金融機関がその一部門としてプライベートバンク業務をおこなっているケースを「プライベートバンキング」と呼んで区別するケースもあります。

 ただ、実際にはヨーロッパ系のプライベートバンクを利用する日本人富裕層は限りなく少ないですし、日本には専業銀行がないため、ここでは両方ともプライベートバンクと呼ぶことにします。

 タックスヘイブンではない国ではやはり米国が強く、メリルリンチモルガン・スタンレーJPモルガンゴールドマン・サックスなど、そうそうたる金融機関の顔ぶれが並びます。
それ以外ではイギリス、カナダ、ドイツ、フランス、中国などの経済大国がトップ25にランクイン。

 大半の銀行が前年比で運用資産残高を目減りさせているなか、中国の招商銀行(China Merchants Bank)が66.4%増、ICBCが35.9%増と、富裕層の台頭が続く中国経済の勢いを感じさせます。

大きく遅れをとった日本の富裕層ビジネス

 お気づきでしょうが、運用資産で見たとき、世界のプライベートバンクの上位陣に日本のプライベートバンクは入っていません。原因は日本が富裕層ビジネスで出遅れたことです。
 その理由は3つあります。

(1)戦後の財産没収によって富裕層が激減したから
(2)各金融機関が差別化を図れない時期が長かったから
(3)総合的な資産の管理・運用のアドバイスができなかったから

 このうち(1)はすでに連載の中で(https://diamond.jp/articles/-/141511)説明した通りで、今の日本人の富裕層は戦後にその富を築いています。

 (2)と(3)は主に国の制度上の問題です。
 日本は長年、国家主導で金融産業を育成する名目で、監督庁が許認可権限などを駆使しながら業界を徹底的に管理する「護送船団方式」をとってきました。護送船団とは、「もっとも遅い船にペースを合わせて進む船団」をイメージしてください。特定の1社が企業努力で業界をリードしようと思っても、「それでは他の金融機関が困る」という理屈で、国が許しませんでした。

 顧客に配布するノベルティですら金融庁のチェックが入るようなありさまで、どの金融機関に行っても受けられるサービスは同じ。プライベートバンクの売りである「顧客に応じたカスタマイズされたサービス」を提供することは制度上、困難でした。

 また、金融業界の厳格な「縦割り」も大きな弊害であり続けました。プライベートバンクは金融に関するワンストップサービスを提供できることが魅力なのに、融資、証券、信託、保険、不動産などが明確に分けられていた日本では、総合的なサービスを提供したくてもできない状態だったのです。

 変化の契機となったのは1996年の金融ビッグバン。金融産業の規制緩和によって各金融機関は個性を発揮するチャンスがやってきました。日本における富裕層ビジネスの幕開けです。
 ただ、いきなり「ヨーイ、ドン!」と言われても、当時の日本の金融機関には富裕層向けサービスのノウハウがなかったのです。