本稿が発表された1963年当時、アメリカ企業のR&D費は膨れ上がる一方にあった。その当時もいまも、R&Dの費用対効果の判断はつきにくく、適切なマネジメントは難しいものがある。ドラッカーは、研究すること自体に意味を置く姿勢を批判し、研究はコストもしくは投資であり、成果が不確実なものだからこそマネジメントが最も重要な分野であると主張した。本稿でドラッカーは、企業がR&Dをめぐって陥っていた12の誤謬を挙げ、検証する。

R&Dから経済的成果を生み出すために

 株式市場で「宇宙関連株」の人気が沸騰していた1年ほど前(1962年)、ある市況リポートは、陳腐化した観のあるPER(株価収益率)に代わる新たな投資尺度として「株価研究予算率」(price/research-budget ratio)なるものを提案した。今日では何と無知なことかと思われる。

 とはいえ、株価研究予算率という概念の根底にある考え、つまり「研究」とはそれ自体が有意義な業績であり、何はともあれ一応の成果を保証するものであるとする考えは、いまなお健在である。

 暗黙の了解であるうちならともかく、このようにあからさまに公言されると、その誤謬が目につくようになる。研究はコストであり、また投資なのだ。絶対確実の成果を上げるどころか、きわめて投機的で、きわめて不確実な取り組みであり、成果を生むには最大限のマネジメント能力を要する。

 過去10年間のアメリカ企業の実績から判断するに、我々が実際に得意としているのは、R&D費を使うことだけである。研究のための支出からいかに成果を引き出すべきか、その方法を我々は学んでいかなければならない。