80年代には企業ぐるみで
「飲みニケーション」を推奨

「飲みニケーション」否定派の方たちからすれば、そんな馬鹿なと思うかもしれないが、これは一理ある。

 もし「飲みニケーション」というものが日本企業の「悪しき慣習」であり、上司が憂さ晴らしで部下を罵倒するようなパワハラの温床になっているというのなら、近年めっきり減少しているわけだから、その影響がパワハラの件数にもある程度、影響を与えていなければ筋が通らない。

 しかし、現実は逆だ。都道府県労働局等に設置した総合労働相談コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は右肩上がりで、この10年で3倍以上に跳ね上がっていて、どう見ても「飲みニケーション」減少との因果関係は認められない。

 むしろ、かつては盛んだった「飲みニケーション」が衰退してしまったことの弊害として、パワハラが跳ね上がったという説明の方が理にかなっているのだ。

 確かに日本の産業史を振り返れば、「公衆の面前で自分の感情や考えをストレートに口にしない」という日本人労働者にとって、「酒」がコミュニケーションツールとして一定の機能をしてきたというのは疑いようのない事実だ。

 高度経済成長期に生まれた「飲みニケーション」は、当初は酒で親睦を深めるくらいの意味だったが、日本経済が停滞期に入った1980年代になると、生産性向上のために積極的に活用する企業があらわれはじめる。

 たとえば、サッポロビールの北関東工場では、「シーズン中の夏場は月二回、約二百人の工場従業員が全員参加して“ノミ(飲み)ニケーション”というビール・パーティー兼懇親会」(日経産業新聞1982年8月25日)を開催。当時の工場長はその効果を以下のように語っている。

「工場内のコミュニケーションが良くなったし、改善提案も増えている」

「社内バー」の設置も増えた。新日鉄は「とにかくギスギスしがちな職場の人間関係を滑らかに保つ場に」(日本産業新聞1987年5月12日)という思いから、社内の喫茶室を一部改修して、居酒屋やバーの価格の半分程度で酒が飲めるようにした。30年前、たしかに「飲みニケーション」はその名のとおり、企業内コミュニケーションに貢献していたのである。