全速力で走り続けることに馴れ
速度を緩めることに不安を覚える人々

 やがて、奨励を鵜呑みにして心身をすり減らす人が出てきます。私の診察室にも多くの人が駆け込んできました。

 何年も前に診察したある社会人大学院生のケースです。

 その人は昼間は会社で働き、夜には大学院に行って勉強し、家に帰っても論文を書き、寝る間もないほど忙しくしていたそうです。

 話を聞くと不安感があり、動悸がするというので、私は忙しさからくる症状だと判断しました。ところが、その人は違うと言うのです。

「今はとても楽しいし充実しているから、疲れていても不安ではありません。実は3月になって大学院を卒業するのが怖いんです」

 その人は、卒業後の生活に不安を感じていたのです。全速力で走り続けている状態から少しでもスピードが落ちると、途端に倒れてしまうのではないかという不安です。

「あなたは疲れているからこうなっているので、大学院を卒業したらそのことを自分で評価して、ゆっくりしたらいかがですか」

 そう言っても、その人の不安は解消しなかったようです。

 スケジュールを埋め尽くし、今日の自分は昨日とは違う自分になれたという実感を得るために走り続ける。常に高いテンションで緊張状態を保ち、何もしないでゆっくりすることに罪悪感を持ってしまう。

 精神科医から見れば、ゆっくりすることは非常に良いことです。それを無駄に過ごしてしまった、休みを充実させられなかったと後悔するのです。

 その罪悪感の源泉はどこにあるのでしょうか。

 単純すぎるという謗りを免れないかもしれませんが、経済という要素が私たちの価値観に染みついていることも要因の一つではないかと思っています。