原油の直接分解に
乗り出した裏事情

――クレハと言えば、「ナケレバツクレバ」というキャッチフレーズで知られています。最後の3文字(クレハ)のみ色を変えて浮き立たせるなど、インパクトがあります。

Photo by M.K.

 クレハのDNAのようなもので、私も気に入っています(笑)。

 ナケレバツクレバは、05年に呉羽化学工業からクレハに社名を変更してから打ち出し始めたフレーズで、「世の中になければ、自分たちの手で創ればよい」との思いを込めています。私たちは、“技術立社”企業として、スぺシャリティ・ケミカルの分野において、差別化された製品を開発し、社会に貢献し続ける高付加価値企業になることを目指しています。差別化と高付加価値には、今後もこだわっていきたい。

 過去の象徴的な事例には、60年に日本初の家庭用食品ラップとして発売したクレラップがあります。50年代の半ばから、社内ではさまざまな食品用包装材の開発が進められていました。そんな中で、私たちが考えていたフィルム(新素材)の開発には時間がかかりそうだったことから、米国のダウ・ケミカルが持つ技術を購入しようと考えました。ところが、ほとんど同じタイミングで旭化成も話を持ちかけており、そちらの方が先に決まってしまいました。そこで、当時の研究者たちは発奮し、「ならば、自分たちで作ろうではないか」ということになりました。その結果、旭化成の「サランラップ」よりも早く、独自の技術力で商品化に成功できたのです。

――他にも、かつて「原油分解プロジェクト」なるものに取り組んだ時期があります。一般的に、化学メーカーは、石油精製会社などから原料となるナフサ(粗製ガソリン)を仕入れて各種の基礎化学品を生産しています。一足とびに、川上部門により近い石油精製という業態に進出しようとしたのですか。

 いやいや、違います。自らが石油精製会社になろうとしたのではない。ナフサを買ってくるのではなく、その前段階の原油を仕入れて2000度の超高温の蒸気によって直接分解し、そこから安価な原料を取り出そうという社運を賭けたプロジェクトでした。70年当時は、専門家にも評価された独自の技術を引っ提げて新しいタイプの石油化学企業の姿を模索したのですが、うまくいきませんでした。その後の石油ショックで、エネルギー価格が暴騰したことにより、プロジェクト自体が頓挫してしまった。